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ニューヨーク・ジャーナル The New York Journal

世界大百科事典 第2版の解説

ニューヨーク・ジャーナル【The New York Journal】

アメリカの大衆紙。1882年J.ピュリッツァーの弟アルバートAlbert P.(1851‐1909)がニューヨークで1セント紙《モーニング・ジャーナルThe Morning Journal》として創刊,87年20万台に伸びるが,2セントに値上げして失敗。95年W.R.ハーストが18万ドルで買収,《ニューヨーク・ジャーナル》と改題した。ハーストは膨大な資金をつぎ込み,ピュリッツァーの《ワールド》を模倣し同紙を短期間のうちにピュリッツアーを脅かす強大な大衆紙に成長させた。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

世界大百科事典内のニューヨーク・ジャーナルの言及

【ハースト】より

…【香内 三郎】。。…

【アメリカ合衆国】より

…1833年デイBenjamin Dayの出した1ペニー新聞《ニューヨーク・サン》がそれであるが,現代型新聞の原型は,19世紀末から20世紀にかけて形成されたといえよう。すなわち,米西戦争(1898)をはさむ期間,J.ピュリッツァーの《ワールド》(1883年から所有)とW.R.ハーストの《ニューヨーク・ジャーナル》(1895年から所有)との,激烈な競争(イェロー・ジャーナリズム)のなかで,100万単位の部数,広告収入の確保,巨大資本による群小紙・誌の系列化,センセーショナリズムなど,現代新聞の特徴が生み出される。繁栄の1920年代には巨大企業による新聞チェーンの形成と系列化が進み,さらに30年代には,多くの新聞がF.D.ローズベルトのニューディール政策に反対して,党派的に〈偏向〉した報道を行った。…

【イェロー・ジャーナリズム】より

…日本で赤新聞といわれるのがほぼ同義。1890年代,巨大企業と化したピュリッツァーの《ワールド》紙と,ハーストの《ニューヨーク・ジャーナル》紙は,常軌を逸した競争を展開する。《ワールド》の日曜版は,8ページの漫画セクションを出し,そのうちの4ページをカラーで印刷していた。…

【ハースト】より

…82年ハーバード大学に入り,学生雑誌《ハーバード・ランプーンHarvard Lampoon》(《ナショナル・ランプーン》の前身)のビジネス・マネージャーとして活躍したが85年退学。87年父が買い取っていた《サンフランシスコ・エグザミナーSan Francisco Examiner》紙の経営・編集にあたり大成功を収め,95年750万ドルの資金をもってニューヨークに進出,《ニューヨーク・ジャーナルNew York Journal》を買収した。ピュリッツァーの開拓した新聞手法をまね,かつそれを肥大化させ,また高給でスタッフを引き抜くなどして,イェロー・ジャーナリズムなどと攻撃されながらピュリッツァーと激烈な競争を展開し,現代大衆紙の原型をつくり上げた。…

※「ニューヨーク・ジャーナル」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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