コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ネストリウス派 ネストリウスは Nestorians

6件 の用語解説(ネストリウス派の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ネストリウス派
ネストリウスは
Nestorians

歴史的には,コンスタンチノープル総大司教ネストリウスの教説に対するエフェソス (431) ,カルケドン (451) 両会議の断罪を拒絶した小アジアシリアキリスト教の一派。3世紀中頃よりエデッサを中心にキリスト教団が発達したが,ニシビスの首都大司教バルスマスの影響で,486ネストリウス主義を受入れ,エデッサの学校が抵抗の中心となった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ネストリウス‐は【ネストリウス派】

ネストリウスの説を支持するキリスト教の一派。シリア、ペルシアからアジア各地に布教。インドに伝えられて聖トマス派となり、630年代に中国に伝えられて景教とよばれた。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ネストリウス派【ネストリウスは】

コンスタンティノープル主教(在位428年―431年)ネストリウスNestorius(ギリシア名ネストリオス)の教説を発展させたシリアのキリスト教の一派。〈アッシリア教会〉とも,近世にカトリックと合同した教派は〈カルデア教会〉とも呼ばれる
→関連項目ササン朝

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ネストリウスは【ネストリウス派】

エフェソス公会議(431)におけるネストリウス断罪に同意しなかったシリアのキリスト教徒が形成した教派。ペルシアを中心に,海路インド,陸路中央アジアシベリア,中国まで拡大したが,13世紀末に衰退した。自称は東方教会だが,アッシリア教会とも呼ばれ,近世にカトリック教会と合同した一派はカルデア教会と呼ばれる。教義の面ではアンティオキア学派の神学者モプスエスティアのテオドロス,ネストリウスなどの教えを発展させ,キリストにおける神性と人性の独立性を強調し,両者の結びつきを実体的ではなく,道徳的にしか考えない傾向があった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ネストリウスは【ネストリウス派】

エフェソス公会議において異端とされた主教たちを中心に形成されたキリスト教の一派。キリストに神性・人性を認めるが人性を強調、マリアを「神の母」と呼ぶことを拒否。ペルシャで勢力を得、インドや七世紀の中国にも伝わった。中国では景教と呼ばれて一時盛行した。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ネストリウス派
ねすとりうすは
NestoriansNestorianism

神学者イバスなどを中心とするネストリウスのキリスト論の共鳴者。キリストの神性と人性を区分するネストリウスを異端と断罪したエフェソス公会議(431)後、彼の考えを支持する人々はいわゆるネストリウス派の教会を設立する。彼らはローマ帝国内で迫害されたが、シリアでも多くの信奉者がおり、ペルシアで保護された。6世紀初頭から活発な宣教活動がペルシアを中心として広範囲にわたって展開される。7世紀には彼らは中国(唐)、アラビア、南インドにも入り定住地を設立するようになる。
 ネストリウス派の教会はトルコとペルシアの国境地域、またインドにも歴史の風雪に耐え、統治者の迫害にもかかわらず数世紀にわたって存続してきた。中国においてはネストリウス派のキリスト教は景教とよばれ、わが国とも古くから関係がある。[中沢宣夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内のネストリウス派の言及

【異端】より

…ヨーロッパにおいて,異端が問題となるのは,歴史的には,キリスト教の確立以降である。排他性のつよい一神教であるキリスト教にあっては,すでに2世紀から異端問題が発生し,とりわけ4世紀にキリストの属性をめぐる論争において,アリウス派,ネストリウス派などの異端が生まれた。ギリシア正教においても異端が生まれたが,ローマ・カトリック教会ではその後,中世11~15世紀にワルド派カタリ派をはじめとする多数の異端運動が起こり,キリスト教会を動揺させた。…

【キリスト教】より

…これにはアレクサンドリア主教アタナシオスの超人的な努力とカッパドキア教父の調停が必要であった。続いて,キリストが完全なる神であると同時に完全なる人間であるとのキリスト論に対する疑念が現れ,ネストリウス派と単性論派という対照的な異端を生んだ。この問題はカルケドン公会議(451)で決着がつき,〈カルケドン信条〉がキリストの完全な両性を規定した。…

【景教】より

…大秦景教ともいい,キリスト教ネストリウス派に対する中国でのよび名。ネストリウスが,キリストやマリアの神性を弱めると解されかねない説を主張したため,431年のエフェソス公会議で異端と決定され追放されると,東方に教圏をもとめ,まずイランの地でかなり栄え,ついでさらに遠く中国に至ったのである。…

【ネストリウス】より

…現在では,ネストリウスの教説は,キリストの神性と人性の結びつきを示す術語の曖昧(あいまい)さを除けば,特に異端とするものでもなく,その失脚は政治的なものであったと考えられている。なお,ネストリウス派は彼の教えをさらに発展させた教団であって,ネストリウス自身が創建した分派ではない。ネストリウス派【森安 達也】。…

【ラフム朝】より

…その子アムルはタラファ,ハーリス,アムルなどの詩人を保護したことで有名。最後の王ヌーマーン3世はネストリウス派のキリスト教に改宗したが,602年ササン朝皇帝ホスロー2世によって廃され,ラフム朝は滅びた。その後ヒーラはササン朝の直接支配を受け,633年アラブによって征服された。…

※「ネストリウス派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

ネストリウス派の関連キーワードエフェクトエフェソスエフェソス公会議景教エフェスセルチュクキュリロス[アレクサンドリアの]テオドロス[モプスエスティアの]盗賊教会会議エフェソス強盗会議

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ネストリウス派の関連情報