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バイロイト祝祭劇場 バイロイトしゅくさいげきじょうRichard-Wagner-Festspielhaus

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バイロイト祝祭劇場
バイロイトしゅくさいげきじょう
Richard-Wagner-Festspielhaus

1875年 R.ワーグナーが晩年居住したバイロイトに創設した劇場。自作の楽劇の上演を目的としたもので,劇場は彼自身の案に基づいて設計された。収容人員 1800。 76年8月『ニーベルンゲンの指輪』の全曲初演をもって開場。ワーグナーの没後は未亡人をはじめその一族によって運営され,毎夏ワーグナーの作品を上演し,バイロイト音楽祭として有名。第2次世界大戦前 (1944まで) は,A.トスカニーニ,W.フルトベングラーが,戦後 (51再開) は H.カラヤン,K.ベームらの指揮者が登場している。また,リヒアルトの孫にあたるビラント・ワーグナー (1917~66) は,投影技法による象徴的な照明を用いた演出を行い,話題を呼んだ。 1976~80年には P.シェローが『ニーベルンゲンの指輪』全曲を産業革命期の物語に再構成して上演。常に欧米を代表する演出家を招いて精力的な活動を行なっている。

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世界大百科事典内のバイロイト祝祭劇場の言及

【オペラ】より

…このようなオペラハウス特有の建築様式は,17世紀のベネチアから徐々に興り,19世紀のグランド・オペラの流行を契機として,本格的なオペラハウスが各地に建設されるようになった。ワーグナーの手で建設されたバイロイト祝祭劇場は,作曲家であり演出家でもあったワーグナーが,自分の理想を実現するために構想したもので,舞台とその後方に接続する大道具格納庫の巨大さが目を奪う。ミラノのスカラ座,ウィーン国立歌劇場,パリのオペラ座,ニューヨークのメトロポリタン歌劇場など,世界的に著名なオペラハウスは,いずれも目をみはるほど整備された舞台機構をもっている。…

【劇場】より

…ミラノのスカラ座(1778),ベネチアのフェニーチェFenice劇場(1792),ロンドンのローヤル・オペラハウス(1849)などはその例であり,C.ガルニエの設計になるパリのオペラ座(1875)はその頂点を飾るものである。 こうした劇場形式の階級性,あるいは視角・音響上の非合理性を指摘し,完全に舞台と観客席が対峙するいわゆる近代の劇場の形態の先鞭をつけたのは,音楽家W.R.ワーグナーが建築家ゼンパーの協力によって建設したバイロイト祝祭劇場(1876)であった。以後,視角や音の反響を考慮したすぐれた劇場がたくさん生み出されたが,一方,観客すべてが舞台に向かうことによって,プロセニアム・アーチの採用後も,なお古いオペラ劇場などが保持していた観客席が馬蹄形に構成されることによる空間の一体化の喜びを失わしめる結果も生んだ。…

※「バイロイト祝祭劇場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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