装身具の一種。指輪はほかの装身具より文化性が高いといわれる。未開社会では首飾,腕輪,耳飾などを用いるが,指輪はあまり用いない。つねに狩猟や採集,あるいは農耕にたずさわっている人々には,指輪がじゃまになるからである。バビロニアやアッシリアでも指輪は用いられていなかった。指輪の歴史が始まるのは古代エジプトあたりからで,金のほか貝殻や軟らかい石や紫水晶のものがつくられ,大衆用には陶器のものがあった。エジプトでは指輪にスカラベを彫ったもの,あるいは指輪の飾台(そこに認印のしるしが彫られた)をスカラベ形にしたものが幸運のしるしとして用いられた。スカラベはその卵を動物の糞に包んで玉にし,その中で孵化(ふか)させるので,それが死と復活と不死を象徴すると考えられていた。またエジプトでは,左手が指輪をはめる資格をもった手とみなされ,とくに薬指が〈指輪の指〉と呼ばれていた。
古代には指輪を一度にたくさんはめる風習があった。エジプトのミイラには右手に3個,左手に9個の指輪をはめている実例があるが,ローマ帝国の時代には男女が両手の中指を除いて8本の指に指輪をはめ,さらにおのおのの指の関節の上下にはめる風習があった。中指に指輪をはめない風習は16世紀ころにも残っていたし,親指や指の関節の先にはめる習慣も残っていた。〈親指の指輪thumb ring〉は14~17世紀の風習であった。17世紀ころから宝石をみがく技術が発達したので,色のある宝石が指輪に用いられ,18世紀には多面形にみがいたダイヤモンドが宝石の王座を占め,指輪にも用いられるようになった。
(1)認印の指輪 文字を書くことが少数の人々だけの技術であった時代には,男子たちは何かの記号または表象を彫った指輪をもっていて,手紙や記録などの認印にそれを用いた。そういう用途の指輪は〈認印指輪signet〉と呼ばれ,旧約聖書に現れており,ギリシアでも広く用いられた。のち国王が代表者を派遣するとき,それに十分の権威を示させるため,国王の認印指輪を持参させる風習が生じた。14世紀ころに紋章入り認印指輪をつくることがイタリアから各地にひろがり,15世紀になると,商人が店の商標を入れた認印専用の青銅または黄銅製のものをつくり,これは〈商人の指輪merchant's ring〉と呼ばれた。
(2)聖職者の指輪 キリスト教では,中世に指輪が司教の叙任式にその地位を表すしるしとして与えられた。初期のものは普通の認印指輪であったが,のち黄金製のものにルビー(司教で枢機卿であった者)またはサファイア(司教)をつけたものに変わった。サファイアはその青い色の連想から,欲情を抑制し,永遠の純潔を願う人々が身につけるのにふさわしいと信じられていた。聖職者の指輪は右手のひとさし指にはめるならわしであった。
(3)詩銘の指輪 16~17世紀には内側に詩や格言を彫った〈詩銘の指輪posy ring〉を,花束といっしょに女性に贈る風習があった。
(4)毒入指輪 指輪の飾台にくぼみをつくり,その中に毒をしまっていたことは,それで自殺したカルタゴの将軍ハンニバルの実例をみても,その起源の古いことがわかる。飾台の装飾にばねの付いた毒の針をかくし,握手のさいにそれを起きあがらせて相手を毒殺する方法は,中世にベネチアで始まったとみられている。毒ヘビの牙から思いついたものらしい。
(5)婚約・結婚指輪 婚約指輪(エンゲージ・リングengage ring)は古代ローマの風習で,約束の履行を誓約するしるしであった。大プリニウスの時代(1世紀)には飾りのない鉄の指輪が用いられ,2世紀には純金製のものになった。婚約指輪が結婚指輪に変わった年代ははっきりわかっていない。教会が結婚指輪に祝福を与えるようになったのは11世紀ころからで,結婚指輪を左手の薬指にはめるのはそのころからの風習であるが,厳格なきまりになっているわけではない。今日では婚約指輪はダイヤモンドのはいったもの,結婚指輪は飾りのない甲丸(こうまる)形というならわしである。両者をいっしょに用いるさいには,結婚指輪のほうが正式のものなので,内側にし,婚約指輪を外側にはめる。
日本では古墳時代に大陸からもたらされたが,その後長く途絶し,《嬉遊笑覧》(1830)に〈中国から伝来して近年江戸でもてはやされている。中国製のものは白銅などで粗末なので,近ごろは江戸では銀でつくらせているが,それがなんの役にたつかは知られていない〉というようなことがしるされている。初期には〈ゆびがね〉または〈ゆびはめ〉といい,明治時代になって〈ゆびわ〉と呼ぶようになった。日清戦争のころまではおもに銀製であったが,そののち金製が用いられるようになった。ただし指輪が用いられたのは東京だけで,京阪地方では1897年ころでもまれであった。
執筆者:春山 行夫
原型的な象徴のつねとして,指輪もその意味するところはきわめて多義的である。同じ指輪でも,西洋の慣習では,ひとさし指にはめれば〈大胆〉,中指にはめると〈分別〉,薬指なら〈愛情〉,小指だと〈傲慢〉のしるしとされるという。少なくとも指輪がある魔力への信仰と結びついていること,またそれが〈完璧なるもの〉の象徴としての円と不可分であることは確実であるにしても,魔力というもの自体がつねにプラス(祝福)とマイナス(呪い)の両義性を秘めているのである。ポリュクラテスの伝説はその好例であろう。このサモス島の僭主はあまりにも幸運に恵まれていた。神の嫉妬を恐れた友人が,いちばん大切なものを捨てるように忠告する。王は指輪を海中に投じた。ある日,進物として魚が届き,その腹から指輪が出てくる。友人の予言は的中して,王は非業の死をとげる。
はめると姿が見えなくなるという魔法の指輪は,伝説にしばしば現れる。リュディアの王位を手に入れたギュゲスもそういう透明人間のひとり(プラトン《国家》第2巻)。アーサー王伝説では,騎士ガレスは傷を受けても流血しない指輪をライオネス姫から贈られ,騎士オージアは妖精モーガン・ル・フェイから若さと健康を保証する指輪をもらう。伝説の狐ルナールも万病治癒,はめると姿が見えなくなるなどの超能力を発揮する指輪をひそかにもっている。バスク地方の伝説やグリム童話には,おしゃべり指輪の話がある。〈ソロモンの指輪Solomon's Ring〉はソロモン王の求めるあらゆる知識を与え,王はその力によって精霊ジンを壺に閉じこめることもできた。逆に,ギリシア神話のプロメテウスがはめていた指輪はゼウスへの隷従を意味するといわれる。
こうした呪術的・神話的背景のもとに,指輪は現実世界でも〈権力〉の象徴となる。旧約聖書では認印指輪が王権のしるしとされている。新しく選ばれたローマ教皇は公式に認印指輪を与えられ,これを教皇書簡などの封印に用いる。これが〈漁師の指輪Fisherman's Ring〉と呼ばれる理由は,ペテロが漁をしている図案が施されているからである。ひとさし指は聖霊を象徴するという信仰から,かつては司祭たちはこの指に指輪をはめて聖職のしるしとした。ローマのユスティニアヌス1世は,元老院議員など高位の者しか指輪をはめる資格をもたなかった習慣を破って,全市民にその権利を与えた。中世では,瘰癧(るいれき)は〈王の病king's evil〉と呼ばれ,王が手で患者に触れて治したが(ローヤル・タッチ),また王の祝福を受けた指輪にはリウマチやひきつけを予防する力があると信じられていた。即物的には,指輪は自殺や他殺のための毒薬を隠しもつ道具にも使われる。
しかし指輪ともっとも深い因縁をもつのは結婚である。婚約指輪の習慣はローマ時代に始まったものらしい。結婚指輪を左手の薬指にはめるのは今や世界的風習になった観があるが,少なくとも16世紀末までのイギリスでは,右手の薬指にはめることになっていた。挙式をすまさぬうちに,ベッドで指輪をとりかわすということも行われていて,チョーサーの《トロイラスとクリセーデ》やシェークスピアの《終りよければすべてよし》にその例が見られる。若い娘が指輪をはめて回すと,馬や城など望みの品が現れるという迷信は,女性の性的幻想を思わせるが,ラファエル前派の画家J.E.ミレーの《花嫁の付添》は,結婚指輪にウェディング・ケーキの1片を9度くぐらせると付添人の未来の夫の幻が見えてくるという民間信仰を描いている。
いうまでもなく,結婚指輪はもっと多様な呪術的意味を暗示する。バビロニア神話における愛と豊饒の女神イシュタルが左手に指輪をはめていることから,〈多産・豊饒〉の祈りをそこに読みとることもできる。しかし主たる意味はやはり〈誠実・貞節〉の誓いであろう。教皇の指輪も,権力を表すだけでなく,キリストと〈結婚〉した教会の〈貞節〉を誓っているのだとも考えられる。かつてベネチアでは,総督がベネチアとアドリア海の〈結婚〉の誓いを固めるために指輪を海中に投じるという年中行事があった。男女がかわす指輪には,〈AEI〉(ギリシア語で〈永久に〉の意),〈Let love increase(愛のいや増さんことを)〉などの銘が刻まれることも多い。ハムレットは指輪の銘を〈短いもの,長続きしないもの〉の比喩に用いている。〈誓い〉と関連して,指輪はまた〈本物〉を保証する手段にもなる。重大な手紙を届けさせるときに指輪を添える習慣が昔あった。ケルトの英雄クフーリンは殺した相手を指輪によって息子と知るが,これも〈身分証明〉〈認知〉に用いられた指輪の例である。
指輪を主題にした文学作品にはトールキンの《指輪物語》があるが,指輪がはらむ複雑な象徴性を最大限に展開したのはW.R.ワーグナーの楽劇4部作《ニーベルングの指環》である。ライン川の河底の黄金からニーベルング族(侏儒族)によってつくられた指環は,世界征服の絶大な力を約束する。だが同時に,そこにこめられた呪いゆえに,それは持つ者に死をもたらし,ひいては世界そのものを破滅に導くのである。権力と隷従,祝福と呪い,愛の誓いと裏切り,真実と虚偽など,指輪のもつ多義性のほとんどすべてがこの物語のなかに見いだされる。
執筆者:高橋 康也
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
指にはめる輪状の装身具。指環とも書き、指金(ゆびがね)、指嵌(ゆびはめ)、指巻(ゆびまき)などの語がある。英語のリング、正確にはフィンガー・リングfinger ringにあたる。フランス語では、純粋に装飾の目的でつける指輪をバーグbagueといい契約や象徴などの意味をもつ指輪をアノーanneauとよんで区別する。
[平野裕子]
日本では、すでに弥生(やよい)時代に用いられた形跡があり、小巻き貝やシカの角の指輪が発掘されている。古墳時代には渡来品と思われる青銅、銀、金銅の指輪がみられる。古代になると金銀、珠玉などを指に巻いて飾る指巻を用いていた(『和名抄(わみょうしょう)』による)。以後久しい間忘れられていた指輪は、ようやく江戸時代末期になると指金(ゆびがね)と称して一部の人が使い始める。広く一般化するのは明治以降で、日清(にっしん)戦争(1894~95)の終わりごろから流行した。
西洋の指輪の起源は古代エジプト第18王朝期とされ、すでに金、青銅、ガラス、こはくなどでつくられていた。不死を象徴するスカラベ(聖なる甲虫(かぶとむし))の印章指輪が示すように、古代の指輪は装飾としてだけではなく、印章、あるいは魔除(まよ)けとしても使用されていた。指輪の形は一般に粗大で、台座の宝石は、碧玉(へきぎょく)、真珠、めのう、水晶などであった。
古代ギリシア・ローマでは蛇形のデザインが好まれた。ローマでは黄金の指輪が用いられたが、使用は身分によって細かく定められ、奴隷は指輪をはめることを禁じられていた。古代の指輪の用い方は、左手中指にはめる風習がエジプトにあり、中指は「指輪の指」とよばれていた。1本の指に二つ以上の指輪をはめたり、両手の数本の指に同時にはめたりすることも盛んに行われた。そしてローマ時代には親指にはめる奇風も生まれ、サム・リングthumb ringとよばれていた。
宝石装飾の全盛期であった15、16世紀のヨーロッパには、さまざまな指輪が登場した。印章、婚約、結婚、祈祷(きとう)、喪章、まじないなどの指輪がそれで、輪の内側に詩や句を刻んだポウジイ・リングposy ring(銘入り指輪)、ロケットや小形時計を台座に取り付けたものもあった。ほぼ古代と同様、女性だけでなく男性も用いたが、中指にはめない風習が13世紀ごろにみられる。全盛期を過ぎると、徐々に控えめになり、男性はあまり用いなくなる。近世になると、それまで粗大だった指輪の形は細くスマートになり、簡潔なデザインが多くなる。宝石の研磨技術が向上し、17世紀末期、多面体(ブリリアント)カットの完成はダイヤモンド・リングの地位を揺るぎないものにし、貴石の周囲に小粒ダイヤをちりばめたデザインが現れた。19世紀から20世紀にかけては、金銀のほかにプラチナが多く用いられるようになった。一方、合成宝石や人工宝石が大量に生産されるようになり、いわゆるイミテーション・リングとして広く一般化し、今日では日常でも欠かせない装身具となっている。
[平野裕子]
指輪の型には、全体がほぼ同じ幅のバンド型、輪に1個の宝石や装飾をつけたソリテール型、螺旋(らせん)状に指に巻き付けるスパイラル型、二つの輪を一か所で絡ませて一組にしたツインリング型、中が空洞になった膨らみのあるパフ型(ホロー・フィンガーともいう)などがある。そのほか小形時計つきのリング・ウォッチ、腕輪と鎖でつないだリング・ブレスレットなど。
用途によっては、次のように分類される。(1)契約、信義を示すもの ウェディング・リングまたはマリッジ・リング(結婚指輪。一般に金、プラチナ、ホワイトゴールドなどの甲丸または平打ちのバンド型で、男女とも通常左手の薬指にはめる。最近では五大宝石のいずれかの石の一文字並びや、婚約指輪とペアになったデザインも多い)。エンゲージ・リング(婚約指輪。ダイヤモンドや真珠、誕生石のソリテール型が多い。男性から女性に贈られ、左手の薬指にはめる)。エタニティ・リング(結婚記念日などに永遠の愛を誓って贈る)。そのほか国王、貴族、司祭が代々受け継いでもつ指輪など。(2)身分、階級を表すもの クラス・リングまたはスクール・リング(自分の学級や卒業年次、学校を示す指輪)。(3)魔除け チャーム・リング(神秘的な力をもつとされるものの形や宝石をつける)。(4)印章指輪 認め印や印形などを彫刻したもの シグネット・リング(紋章、印章、またはイニシャルの組合せなどが彫られ、印鑑として書類などに用いる)。シール・リング(主として手紙や包装物の封印に用いる)。(5)何かを入れて携帯するもの ポイズン・リング(毒薬を入れる仕掛けのある指輪)など。たとえば、ボルジア・リングは16世紀のイタリアの名門、ボルジア家の人々が用いたといわれ、パフリング型で、手を振ると毒が出るようなばね仕掛けになっていた。(6)その他 正装用のディナー・リング、服喪を表す黒い石のリングなどがある。
[平野裕子]
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…法律家であったらしいが,伝記は不詳。ドイツ語の長編叙事詩《指輪》(1400ころ)は農民の結婚をめぐって起こるグロテスクな事件を,本気と諧謔をないまぜにして描いた,宮廷叙事詩のパロディで,風刺のきいた教訓詩である。作者が宝石をちりばめた指輪にたとえたこの物語は,いわば処世智を満載した百科全書として,中世末期の庶民の慣習や生活感情を知るうえの貴重な資料を豊富に提供している。…
※「指輪」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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