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バクトリア バクトリアBactria

翻訳|Bactria

4件 の用語解説(バクトリアの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バクトリア
バクトリア
Bactria

アムダリアの中・上流地方をさす古代の名称。現在のウズベキスタンおよびタジキスタンの南部とアフガニスタンの北部を占める。北はソグディアナ,南と南東はアラコシアおよびガンダーラ,西はマルギアナと接する。

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デジタル大辞泉の解説

バクトリア(Bactria)

中央アジアのヒンズークシ山脈アムダリア上流の中間地帯の古名。
に建てられた王国。前255年ごろ、ギリシャ人の大守ディオドトスが、シリア王国から独立して建国。都はバルフ。その支配はインダス河畔にまで及んだが、前139年、スキタイの一部族トハラの進出によって滅ぼされた。ギリシャバクトリア王国

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大辞林 第三版の解説

バクトリア【Bactria】

紀元前255年頃、古代ギリシャ人が中央アジアのアムダリア上流のバルフを中心にシリアから独立し建てた王国。北西インドにも発展してギリシャ文化を移植し、のちのガンダーラ美術を生む母胎をつくった。紀元前150年頃北方から侵入した騎馬民族スキタイ系トハラ人に滅ぼされた。 → 大夏

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

バクトリア
ばくとりあ
Bactria

現在のアフガニスタン北部、ウズベキスタン、タジキスタンなどからなる古代地方名。オクサス川アムダリヤ)中流域の肥沃(ひよく)な谷間を含む。中国、インド、西方を結ぶ内陸交易路の結接点にあたる。バクトリア(ギリシア語)の名の起源はオクサス川支流バクトロス川にあったが、古イラン語名はザリアスパ、中国史料では大夏(たいか)。首都バクトラはアレクサンドロス大王の名をいただき、アレクサンドリアともよばれたが、後世にはバルフといわれる。古くはこの地に預言者ゾロアスターが生まれたと伝えられ、アケメネス朝ペルシア帝国時代にはサトラピ(属領)をなし、そこを通じてシベリアの金が流入したらしい。アレクサンドロス大王に対しては最後まで抵抗した(前328)。その地の支配を継承したセレウコス1世は大王に倣って土地の貴族出身の女性アパマと結婚したが、その後ディオドトスという有力者が反乱し、ギリシア人、インド人、イラン人などの混在する独立王国バクトリアを興した。王朝の富の源泉は農業とインド交易にあった。約40人の王が知られるが、エウテュデモス1世・デメトリオス1世父子の治世(前235~前185)がもっとも繁栄し、一時領土はアフガニスタン、旧ソ連領中央アジア、パキスタンなどをも含んだ。紀元前2世紀末になると、北方遊牧民の月氏がオクサス川を越えて侵入した。その一部はクシャン(貴霜)人であったが、彼らは紀元1年ごろクジュラ・カドフィセス(丘就郤(きゅうしゅうげき))の下にここに王朝を築いた。そのころ中国との交易路が確立し、張騫(ちょうけん)などの使節が到来した。クシャン朝は2世紀前半のカニシカ王のときもっとも繁栄したが、3世紀中葉には衰退した。カニシカ王の首都はプルシャプラ(現ペシャワール)にあり、彼はインド東部のパータリプトラまでを領有した。すでに前2世紀に当地に仏教が知られたが、カニシカ時代にはガンダーラ式仏教美術が成立し、仏典の結集が行われた。バクトリアではギリシア、イラン、インドの諸文化が融合した。[小川英雄]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内のバクトリアの言及

【バクトリア王国】より

…前250年ころバクトリア太守ディオドトスDiodotosが,セレウコス朝の支配から独立,建国したギリシア人王国。首都は現在のアフガニスタン北部のバルフ(古称バクトラBaktra)にあった。…

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