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バルツェロウィチ・プラン Balcerowicz-Plan

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

バルツェロウィチ・プラン
Balcerowicz-Plan

1989年 10月に発表されたポーランドの経済改革プログラム。マゾウィエツキ内閣のレシェク・バルツェロウィチ副首相兼大蔵大臣が中心となって作成した。国際通貨基金 IMFおよび世界銀行の意向が強く反映されている。 1991年末をめどに計画経済から市場経済へ移行することを目標とし,急進的アプローチをとる,いわばショック療法的な改革プログラムであった。内容は経済安定化と構造改革の2本柱であり,前者は価格の自由化,貿易の自由化,緊縮的な金融・財政政策が実施された。一方,後者は国営企業民営化,税制改革,資本市場の導入などを計画したが,政治的な不安定からその進捗は遅れた。国営企業の民営化,価格の自由化,補助金の削減など思い切った手段を短期間に次々と打ったため,ポーランドの工業生産は 1992年に黒字に転じ,1993年には国内総生産 GDPがソビエト連邦・東ヨーロッパ圏で初めて約4%の成長をみせた。しかし,失業者を大量に生み出し,貧富の差を拡大するなどマイナス面も多く,1993年9月の総選挙では左翼が躍進,旧共産党系を中心とした政府が誕生した。

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