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社会科教育 しゃかいかきょういく

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

社会科教育
しゃかいかきょういく

教科としての社会科を基幹に,社会生活についての正しい理解を深め,民主的な国家,社会の成員として必要な公民的資質の基礎を養うことを目標に展開される教育。第2次世界大戦後,CIEの勧告に基づいて,戦前の修身,国史,地理に代る総合的な教科として教育課程のなかに導入された。

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世界大百科事典 第2版の解説

しゃかいかきょういく【社会科教育】

〈社会科〉は第2次大戦後の教育改革によって新たに発足した教科の一つ。授業開始は1947年9月。戦前の修身,公民,地理,歴史のたんなる融合ではなく,つぎのような目的をもった教科として成立した。(1)自主的,建設的で,しかも批判的な能力の育成,(2)社会生活を総合的,連関的に理解し,社会の諸問題を事実に即した知識をもって合理的に解決する能力の育成,(3)知識と生活を密着させ,それらの学習を通じての社会にとって好ましい態度や習慣の育成。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

社会科教育
しゃかいかきょういく

社会科とは、青少年に、社会生活について理解させ、社会によく適応し、社会のよりよい発展に寄与できる能力や態度を養う教科である。したがって、社会科教育(社会認識教育ともいう)とは、正しい社会認識を子供たちに形成させることを通して、社会人としての望ましい資質を育成する教育であるといえる。この社会人としての資質は、市民的資質とか公民的資質とかよばれ、民主的で平和な国家・社会の形成者として必要な諸資質を意味する。[永井滋郎]

発展

このような教育は、第二次世界大戦前の日本の学校教育では、国家主義的、軍国主義的傾向を強くもちつつも、修身、地理、歴史、公民などの諸教科で行われていた。大戦の終結により、教育民主化のため、文部省(現文部科学省)内に公民教育刷新委員会が設けられて、新しい公民教育の方向が求められた。また、連合国最高司令部(GHQ)の示唆もあって、1946年(昭和21)文部省は、社会科委員会を設置した。このとき、社会科の性格や内容については、アメリカ合衆国の社会科(ソーシャル・スタディーズsocial studies)、なかでも進歩的なバージニア・プランやカリフォルニア・プランなどが参考にされた。
 1947年(昭和22)新学制(六・三・三制)の施行とともに社会科が発足した。社会科委員会は、学習指導要領社会科編を作成して、新しい社会科の性格、内容、方法を試案として公表したのである。これによれば、小学校の社会科は、地理、歴史などの教科目の区別を廃して統合的な学習を行い、中学校の全学年および高等学校第1学年には「一般社会」という総合的な課程を置き、高等学校第2、第3学年で「人文地理」「東洋史」「西洋史」「時事問題」の4選択科目を設けた。そして社会科は、基本的に児童・生徒の生活経験や自主性、自発性を尊重し、地域社会中心の問題解決学習を重視する教科と考えられ、具体的な内容編成や指導法は現場の学校にゆだねられたのであった。しかし、この社会科は、従来の修身、歴史、地理などとあまりにも性格を異にしていたので、教育現場に少なからぬ混乱を引き起こした。そのため、政界や学界、あるいは民間の教育諸団体などから、社会科は日本社会の現実を無視しているとか、学力を低下させたとか、いろいろの批判が投げかけられた。そこで、文部省は、社会科の基本的なねらいは正しいとしながらも、学習指導要領の不備を認めて、その改訂に着手し、1951年(昭和26)に改訂版を出した。
 以後、国内、国外情勢の変化に対応して、1956年(昭和31)中・高校、58年小・中学校、60年高校、68年小学校、69年中学校、70年高校、77年小・中学校、78年高校と、相次いで学習指導要領の改訂が行われた。そして昭和30年代以降、いわゆる「社会科の日本化」が進み、生活主義、経験主義、総合主義というアメリカ的社会科から、系統主義、主知主義、教科(科目)主義へと性格を変えていった。「道徳」が社会科から分離独立し、歴史、地理学習がいっそう強化された。「社会」という教科の名称は維持されたが、中学校、高等学校にあっては分科的傾向が濃厚となった。しかし、このような動向のなかにあって、78年度改訂の高等学校学習指導要領が、高校1年に、総合的な性格をもった基礎的な必修科目として「現代社会」を新設したのは、特筆すべきことであった。[永井滋郎]

内容


1977年の改訂
すでにみてきたように、日本の学校教育では、各教科の目標、内容等の基準は、文部科学大臣(旧文部大臣)が告示する学習指導要領によって示され、教科書もこれに従うことになっている。1977年改訂の学習指導要領(小学校・中学校は1977年、高等学校は78年に告示)による社会科の内容はほぼ次のようである。
 小学校低学年(1、2年)では、学校生活、家庭生活、日常生活にみられる職業など、子供の身近な社会事象について学習する。中学年(3、4年)では、市・町・村・県など、地域社会の自然環境、歴史的環境、生産・消費生活、地域の結び付きなどを学習し、第5学年で、主としてわが国土の地理的環境、第6学年で、わが国の歴史・伝統や政治の働きに関して基礎的な学習を行う。
 中学校では、原則として、第1学年と第2学年で地理的分野(世界地理と日本地理)、歴史的分野(日本史を中心に、関連する世界史を含む)を併行して学習し、そのうえにたって、第3学年で公民的分野(日本国憲法の学習を中心に、民主主義の本質、国民経済の仕組み、社会福祉、貿易と国際協力、民主政治の特色、平和と国際社会など)を学ぶ。
 高等学校では、前述したように、必修科目としての「現代社会」が第1学年に置かれ、現代社会の基本的な問題と現代社会における人間の生き方について学習し、第2、第3学年で、「日本史」「世界史」「地理」「倫理」「政治・経済」を選択科目として学ぶ。[永井滋郎]
1989年の改訂
1987年(昭和62)12月の教育課程審議会答申の教育課程改善の方針に従い、89年(平成1)3月、新しい小・中・高等学校の学習指導要領が文部省から告示された。これによって、小学校低学年に「生活科」が新設され、それまでの低学年の社会科と理科はなくなった。また、従来の高等学校社会科も再編成されて、新しく「地理歴史科」(地歴科)と「公民科」とが設けられ、必修科目「現代社会」は姿を消した。したがって、社会科教育としての教科「社会」は、小学校の中・高学年「社会」と中学校「社会」(地理、歴史、公民の3分野制)のみとなり、高等学校社会(科)の教科名はなくなった。
 「地理歴史科」は、わが国および世界についての歴史的、地理的な理解と認識を深め、国際社会で主体的に生きる民主的、平和的な国家・社会の一員として必要な自覚と資質を養う教科であり、「世界史A」「世界史B」「日本史A」「日本史B」「地理A」「地理B」の6科目で構成され、「世界史A・B」のうち1科目、ならびに「日本史A・B」、「地理A・B」から1科目の計2科目を必修とし、ほかは選択科目となった。すなわち、社会の国際化の進展に対応する教育の国際化という点で、「世界史」が必修となったところにこの教科の特色がみられる。
 「公民科」は、広い視野にたって現代の社会を理解させ、人間としてのあり方・生き方を自覚させることによって、民主的、平和的な国家・社会の形成者に必要な公民的資質を養う教科で、「現代社会」「倫理」「政治・経済」の3選択科目で構成されている。
 以上のようなわが国戦後社会科教育の大改編とみられる1989年の学習指導要領の改訂は、社会科教育そのものの解体を意味するのではなく、児童、生徒の発達上の特徴をよく踏まえ、各教科の専門性や系統性をいっそう重視し、社会の変化に自ら対応できる心豊かな人間の育成を目ざして、社会科教育が再編成されたものであるといえる。[永井滋郎]
1998年の改訂
1989年(平成1)の改訂から約10年を経て、さらに新しい学習指導要領が98年(平成10)に小・中学校、99年高等学校に告示された(小・中学校は2002年、高校は2003年に全面実施)。この学習指導要領は、学校週5日制完全実施による授業時間の縮減、教育内容の厳選、教育課程の弾力的編成、教科の枠を越えた「総合的な学習」(たとえば国際理解、環境、福祉など)の導入や「情報」教育の充実など、各学校の特色を生かした授業・学習を推進し、児童・生徒の自ら学ぶ力と「ゆとり」をもってたくましく「生きる力」を育成することをねらった、21世紀にふさわしい教育課程の改善を目ざしたものとされる。
 しかし、小・中・高校の社会認識にかかわる諸教科(生活科・社会科・地歴科・公民科)は、学習内容の整理・精選、選択制の拡大などでかなりの修正が加えられたものの、その基本的な性格や構造においては、1989年改訂学習指導要領との大きな変化はみられない。[永井滋郎]

課題

社会科ないし社会認識教育の発展の歴史は、社会が当面する諸問題および解決すべき諸課題をよく物語っている。社会科教育は、科学的で総合的な社会認識と望ましい社会人としての市民(公民)的資質を育成するという、人間形成のための教科教育であるだけに、日進月歩する人文・社会諸科学の成果をよく摂取するとともに、つねに社会の変化・発展に即応していかねばならない。このため、社会科教育の目標、内容、方法については、理論的にも実践的にも絶えず研究が重ねられていく必要がある。さらに、それらの理論や実践を整理し、体系化し、生活科・社会科・地歴科・公民科を含めた社会科的な教育を社会科教育学もしくは社会認識教育学として確立していくことが、今日いっそう強く要請されるのである。[永井滋郎]
『内海巌編著『社会認識教育の理論と実践――社会科教育学原理』(1971・葵書房) ▽長坂端午・神島二郎他編『増補版教育学全集8 社会の認識』(1975・小学館) ▽社会認識教育研究会編『社会認識教育の探求』(1978・第一学習社) ▽永井滋郎・平田嘉三・宮脇陽三編著『現代の教育学6 社会科教育学』(1979・ミネルヴァ書房) ▽平田嘉三・初期社会科実践史研究会編著『初期社会科実践史研究』(1986・教育出版センター) ▽教員養成大学・学部教官研究集会社会科教育部会編『社会科教育の理論と実践』(1988・東洋館出版社) ▽梶哲夫先生・横山十四男先生退官記念出版会編『社会科教育40年――課題と展望』(1989・明治図書出版) ▽社会認識教育学会編『社会科教育の理論』(1989・ぎょうせい) ▽森分孝治・片上宗二編『社会科重要用語300の基礎知識』(2000・明治図書出版)』

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世界大百科事典内の社会科教育の言及

【郷土教育】より

…戦時中国民学校第4学年におかれた〈郷土の観察〉はその例である。戦後初期はアメリカの影響による地域社会学校(コミュニティ・スクール)運動や社会科教育などで郷土がとりあげられ,郷土の生活現実を基礎にした地域教育計画づくりや,郷土の生活・自然を教えることが重視された。1960年代の高度経済成長政策の進行から生まれた地域社会における生活・自然の歪みや子どもの荒廃を前にして〈地域に根ざす教育〉が重視され,そのなかでかつての郷土教育の思想や運動を見なおし発展させようとする動きがある。…

【公民教育】より

… 45年8月の敗戦後,戦前日本の絶対主義的性格が反省され,近代的民主主義的市民育成こそが戦後日本社会に欠くことのできない条件とされた。そして同年10月〈公民教育刷新委員会〉が組織され,包括的な公民教育が企図されたが,47年の学制改革にともない公民教育は社会科教育の一環として統合された。社会科において〈公民的分野〉が,それまでの〈政治・経済・社会的分野〉にかわって登場するのは69年からである。…

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