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パラリンピック ぱらりんぴっくParalympic Games

知恵蔵の解説

パラリンピック

障害者スポーツ最高峰の大会。国際パラリンピック委員会(IPC : International Paralympic Committee)が主催している。もう1つのオリンピックという意味を表すparallelとolympicを合わせた造語。1960年ローマ(伊)で開かれた国際ストークマンデビル大会を第1回大会とした。東京オリンピック後に日本で開かれた大会は第2回大会である。2000年シドニーパラリンピック時にはIOCとIPCの間で正式に協定が結ばれ、オリンピック開催都市でオリンピックに引き続きパラリンピックを開催すること、IPCメンバーからのIOC委員選出などが約束された。パラリンピックは名実とも、「もう1つのオリンピック」となった。冬季大会は76年から開催されている。シドニー大会時にスペインの知的障害のない選手が知的障害クラスに参加するという不正があり、06年現在、知的障害者の正式出場は認められていない。05年からは特に優れた選手だけが参加できるパラリンピック・ワールドカップが開催されている。パラリンピックに対する関心、メディアバリュー、競技力を向上させるための大会。

(藤田紀昭 日本福祉大学教授 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

デジタル大辞泉の解説

パラリンピック(Paralympics)

国際身体障害者スポーツ大会。4年に1回、オリンピック開催地で行われ、運動機能障害や視覚障害などをもつ選手が参加する。IPCが主催。第1回は1960年にローマで開催された。陸上競技や水泳、サッカーなどのほか、アイススレッジホッケーボッチャなどの種目がある。
[補説]当初は脊椎(せきつい)損傷により車椅子を利用する選手のための大会だったので、paraplegia(脊椎損傷者)とOlympicsとの合成語として名づけられた。現在は「もう一つのオリンピック」の意味をもたせ、parallel(平行の)+Olympicsと解釈されている。

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百科事典マイペディアの解説

パラリンピック

(1)国際パラリンピック委員会が主催する身体障害者を対象とした国際スポーツ大会。当初はパラプレジア(下半身麻痺)とオリンピックとを合成した語で,正称は〈麻痺者のための国際ストーク・マンデビル競技会〉だったが,下半身不随者以外も参加することになったことから,1988年のソウルオリンピック以降は,〈もうひとつの(parallel)〉のオリンピックという意味でのパラリンピックとなった。
→関連項目アベベ障害者スポーツ

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世界大百科事典 第2版の解説

パラリンピック【Paralympic】

〈パラリンピック〉は下半身対麻痺者paraplegicsと,オリンピックOlympicsとの合成語で,身体障害者の国際スポーツ競技大会の通称。スポーツが身体障害者のリハビリテーションに有効な治療手段となるところから,イギリスのストークマンデビル病院長,グットマンLudwig Guttmann博士らが脊髄損傷による下半身麻痺者のスポーツを奨励,競技大会を開いた。1952年オランダチームの参加により国際的競技大会となった。

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大辞林 第三版の解説

パラリンピック【Paralympics】

障害者の国際スポーツ大会。イギリスのストーク-マンデビル病院で行われた競技会をきっかけに、1952年に最初の国際大会が開催され、88年より現名称になった。4年に一度オリンピック開催地で開かれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

パラリンピック
ぱらりんぴっく
Paralympic

国際パラリンピック委員会(IPC)が主催する、障害者(聴覚障害者を除く)とその補助者が参加する、最高峰の国際スポーツ大会。4年に一度オリンピック開催地で開かれる。夏季大会には160以上の国と地域、4000人以上の選手が参加する巨大イベントである。パラリンピックの名称は、1964年(昭和39)パラリンピック東京大会のときに対麻痺(ついまひ)(下半身麻痺)を意味するparaplegeaとOlympicをあわせた愛称として使われた。1988年パラリンピック・ソウル大会のときからは、「もう一つの(Parallel)オリンピック」という意味を込めて使われるようになった。パラリンピックが正式名称となったのは、1989年のIPC創設のときである。
 1944年イギリスのエールズベリーAylesburyにあるストーク・マンデビルStoke Mandeville病院に脊髄(せきずい)損傷科(後の国立脊髄損傷者センター)が開設された。センター長のグットマンLudwig Guttmann(1899―1980)は第二次世界大戦で負傷した脊髄損傷者のリハビリテーションとしてスポーツを取り入れ、大きな成果をあげた。1948年、同センターはリハビリテーションの成果を試すアーチェリーの試合(第1回ストーク・マンデビル競技大会)を開催し、16人の選手が参加した。これがパラリンピックの原点である。大会は毎年開催され、1952年にはオランダの選手の参加を得て、国際ストーク・マンデビル大会(参加選手130人)となった。その後、参加国、参加選手、実施競技数が増え、1960年ローマで開かれた大会では11競技に23か国400人の選手が参加した。
 当初、この大会には脊髄損傷者だけが参加していたが、四肢などの切断や脳性麻痺、あるいは視覚障害のある選手をそれぞれ統括するスポーツ組織などがつくられたこともあり、1976年の大会以降は脊髄損傷者以外の選手も大会に参加するようになった。しかし、さまざまな障害の種類のスポーツ組織が参加することから、大会参加に伴う事務手続は煩雑になった。これを調整するため、国際調整委員会(ICC)が1982年に組織された。1989年にはこれに各国・地域代表が加わりIPCが設立された。そして、IPCは、過去の大会にさかのぼり、1960年にローマで開催された国際ストーク・マンデビル大会を第1回パラリンピック大会、1964年パラリンピック東京大会を第2回大会と定めた。なお、第1回冬季パラリンピックは1976年スウェーデンで開催された。1998年(平成10)に長野県で開催された冬季パラリンピックは第7回大会となる。
 2000年、パラリンピックシドニー大会の際に当時の国際オリンピック委員会(IOC)会長のサマランチとIPC会長のステッドワードRobert D. Steadward(1946― )が会談し、両大会の将来的なあり方について合意し、翌2001年合意書が交わされた。その内容は、オリンピック開催国はオリンピック終了後にパラリンピックを開催する、オリンピック組織委員会がパラリンピックも担当する、IOCがパラリンピック開催に際して財政的援助を行う、パラリンピック選手および役員の大会エントリー費を無料にする、パラリンピック放映権は開催国オリンピック委員会が有するなどである。これにより、パラリンピックは名実ともにもう一つのオリンピックとなった。
 夏季大会で実施される競技は、アーチェリー、陸上競技、バドミントン(2020年から実施予定)、ボッチャ、カヌー、自転車競技、馬術、5人制サッカー(ブラインドサッカー)、7人制サッカー(脳性麻痺者によるサッカー)、ゴールボール、柔道、パワーリフティング、ボート、ヨット、射撃、シッティングバレーボール、水泳競技、卓球、テコンドー(2020年から実施予定)、トライアスロン、車椅子(いす)バスケットボール、車椅子フェンシング、車椅子ラグビー、車椅子テニスである。このうち、ボッチャ、ゴールボール、車椅子ラグビーはパラリンピック独自の競技である。
 ボッチャはカーリングやペタンクと似た競技で、的となる白いジャックボールに赤または青いボールをできるだけ近づけるように投げる。重度の身体障害があり、車椅子を使用している人が参加する。障害の重いクラスでは補助者の助けを求めることができる。
 ゴールボールは視覚障害者のための競技である。1チーム3人で、バレーボールと同じ大きさのコートを使用し、音の出るボールを互いに転がしあって競技する。投げたボールが相手のディフェンス3人の後ろにあるゴールに入ると得点となる。パラリンピック・ロンドン大会(2012年)では日本女子が優勝。チーム競技での金メダル獲得は日本初であった。
 車椅子ラグビーは頸椎(けいつい)損傷等により、四肢に障害のある人たちが車椅子に乗ってプレーする。バスケットボール、ハンドボール、アイスホッケーをあわせたような競技で、車椅子どうしの激しいぶつかりあいが見どころの一つである。
 冬季大会で実施されている競技はアルペンスキー、バイアスロン、クロスカントリースキー、アイススレッジホッケー、車椅子カーリング。アイススレッジホッケーは下肢に障害のある人が氷上でスレッジ(そり)に乗ってプレーするものである。
 個人競技では、障害の状況や身体機能によってクラスが分かれており、同じクラスの選手同士で競技する。アイススレッジホッケーを除くチームスポーツでは、各選手の持ち点が決められ(障害の重い人ほど持ち点が小さい)、コート上でプレーする選手の持ち点の合計に上限を設けることで、チーム間の公平性を確保し、障害の重い人でも参加できるようにくふうしている。
 なお、ボッチャのアシスタント、視覚障害者が走るときのガイドランナー、ブラインドサッカーのゴールキーパー、自転車競技のタンデム種目(2人乗り自転車)のパイロット(前に乗る人)等では、プレーヤーや補助者として障害のない人も競技に参加している。
 パラリンピック独自の競技以外では、一般の競技ルールを一部変更して障害者が参加しやすいようにくふうしている。水泳の水中スタートや、車椅子バスケットボールでダブルドリブルが適用されないこと、車椅子テニスでツーバウンドした球を打ってもよいことなどがその例である。
 クラス分けや持ち点制は障害者スポーツ独自のものであり、公平で正確なクラス分けはつねに担保されなくてはならない。また、開発途上国のパラリンピック参加の促進や、オリンピックと同様にドーピングの根絶は、パラリンピック発展のために越えなくてはならない課題である。[藤田紀昭]
『日本リハビリテーション医学会スポーツ委員会編『障害者スポーツ』(1996・医学書院) ▽中村太郎著『パラリンピックへの招待――挑戦するアスリートたち』(2002・岩波書店) ▽藤田紀昭著『障害者(アダプテッド)スポーツの世界――アダプテッド・スポーツとは何か』(2008・角川学芸出版)』

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世界大百科事典内のパラリンピックの言及

【障害者スポーツ】より

…さらに76年,おもに手や足の切断者と視覚障害者を対象にしていた国際障害者スポーツ協会The International Sports Organization for the Disabled(ISOD,1962設立)とともに,カナダで障害者オリンピック競技大会を開催し,80年には脳性麻痺者をも含めて行われるようになった。この大会は,国際オリンピック委員長から〈オリンピック〉という名称の使用を公認されてはいないが,夏の大会について言えば,陸上競技,水泳などごく一般的な競技種目を中心に,車いす使用者のためには卓球,アーチェリー,バスケットボール,ウェイトリフティング(パワーリフティング),スヌーカー(ビリヤードの一種),射撃,フェンシング,ローンボウル(ボウリングの一種),テニスを,切断者のためには卓球,アーチェリー,ウェイトリフティング(パワーリフティング),スヌーカー,射撃,ローンボウル,バレーボールを,視覚障害者のためにはローンボウル,ゴールボウル(バレーボールの一種),柔道を,そして脳性麻痺者のためにはボッチャ(ペタンクの一種),サッカー,乗馬,自転車を競技種目とし,今では,60年の大会を第1回として,パラリンピック(もう一つのオリンピックの意で使っている)と呼称し,障害者のオリンピックとして発展している。また冬の大会についていえば,国際的には76年にパラリンピック冬季競技大会にまで高まり,98年の長野大会(第7回)では,アルペンスキーのクロスカントリースキー,バイアスロン,アイススレッジスピードレース,アイススレッジホッケーが実施され,クロスカントリースキーには精神発達遅滞者の種目も正式に位置づけられている。…

※「パラリンピック」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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