日本大百科全書(ニッポニカ) 「ビダール」の意味・わかりやすい解説
ビダール
びだーる
Gore Vidal
(1925―2012)
アメリカの小説家。ニューヨーク州ウェストポイント生まれ。太平洋戦争に従軍し、貨物船要員としてアリューシャン列島で暴風雨にあった体験をもとにした小説『嵐(ウィリウォー)』Williwaw(1946)でデビュー。帰還兵士の物語『黄色い森にて』(1947)、物議をかもし、ベストセラーにもなった同性愛物語『都市と柱』(1948)、一族の愛の葛藤(かっとう)をたどる『愉悦の季節』(1949)、12世紀の歴史小説『王の探究』(1950)、貴公子の女性遍歴『パリスの審判』(1952)など一連の初期作品は自己探求を主題とする。モチーフは多彩で、『暗緑と真紅』(1950)では中米の挫折(ざせつ)した革命を、『メサイア』(1954)と『カルキ』(1978)ではカルト宗教を、『マイラ・ブリッケンリッジ』(1968)とその続編『マイロン』(1974)では性転換を扱っている。『ダルース』(1983)のような風俗小説もある。他方、彼はリベラル派の立場からさまざまな形で政治にかかわろうと志したことがあり、当然、政治史にも造詣(ぞうけい)が深く、その方面の薀蓄(うんちく)を傾けた作品も書いている。二つの家族を通して20世紀初頭の政界の裏面をとらえようとした『ワシントンDC』(1967)、決闘で政敵ハミルトンに重傷を負わせたアーロン・バーを好意的にとらえた『バー』(1973)、米国独立百周年の情勢を描いた『1876年』(1976)はアメリカ政治裏面史物語の三部作をなしている。伝記小説『リンカーン』(1984)もある。彼にはキリスト教以前の異教的な古代世界へのノスタルジアがあって、その夢を紡いだ作品が二つの歴史小説、キリスト教を捨てた4世紀のローマ皇帝の物語『ユリアヌス』(1964)と古代ペルシアの外交官の冒険を描いた『創世』(1981)である。1950年代の作家として不遇の時期にハリウッドに滞在してテレビと映画の台本を書いたし、また戯曲も書いた。しかしより重要なのは『真実と虚構』(1977)などのエッセー集であろう。エドガー・ボックスの名前で推理小説も書いている。1995年には回想録『パリンプセスト』を出版し、ベストセラーになった。
[寺門泰彦]
『宇野利泰訳『ワシントンDC』(1968・早川書房)』▽『永井淳訳『マイラ』(1969・早川書房)』▽『田中西二郎訳『1876』(1978・早川書房)』▽『日夏響訳『大予言カルキ』(1980・サンリオ)』▽『沢村潅訳『マイロン』(1981・サンリオ)』▽『田中西二郎訳『アーロン・バアの英雄的生涯』(1981・早川書房)』▽『本合陽訳『都市と柱』(1998・本の友社)』▽『中村紘一訳『リンカーン』上中下(1998・本の友社)』