日本大百科全書(ニッポニカ) 「パリス」の意味・わかりやすい解説
パリス
ぱりす
Paris
ギリシア神話のトロヤ伝説に現れる英雄。トロヤ王プリアモスの子で、アレクサンドロスともよばれ、その神にも似た美しい容姿は有名であった。彼はやがて国を滅ぼすもとになるであろうとの夢占いから、生まれるとすぐイデ山中に捨てられた。そして羊飼いとして育てられたパリスは、美貌(びぼう)もさることながら武勇にも優れた青年に成長する。ペレウスとテティスの婚礼の際、その宴席に投げ込まれたエリスの黄金のリンゴをめぐって、ヘラ、アテネ、アフロディテの三女神が「いちばん美しい女」をそれぞれ主張して争ったとき、ゼウスはイデ山中にいるパリスにその審判をゆだねた。三女神はそれぞれに美しく装い、さらにパリスに贈り物を約束した。ヘラは全アジアの支配権を、アテネはつねに戦争に勝つことを、またアフロディテは人間界でいちばん美しい女を与えようといった。そしてパリスはアフロディテを選んだ。そこで女神はパリスをスパルタ王メネラオスの妻ヘレネのもとへ導いた。彼はスパルタで歓待されたが、メネラオスがクレタ島へ行っているすきにヘレネを説き伏せ、スパルタを出奔する。こうしてヘレネをめぐってトロヤ戦争が始まる。
ホメロスでは、パリスは柔弱な美男子として描かれている反面、雄々しく戦場を駆け巡る勇者としても描かれている。とくに弓の技に優れ、アキレウスの唯一の弱点であるその踵(かかと)を射て不死身の彼を倒した。しかし、彼もフィロクテテスの射るヘラクレスの毒矢を受けたので、その傷の治療法を知っているイデ山のニンフでかつての彼の妻オイノネに尋ねたが、彼女は捨てられた恨みから拒否したため、パリスはこれがもとで死んだ。後悔したオイノネは自殺したという。ただしこのオイノネのエピソードは、ヘレニズム時代の追補であろう。
[伊藤照夫]