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ビテルボ Viterbo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ビテルボ
Viterbo

イタリア中西部,ラツィオ州ビテルボ県の県都。ローマの北北西約 80kmの丘陵地帯 (327m) に位置する。古代ローマ以前からエトルリア人が居住したが,11世紀教皇領となり,12世紀には繁栄をきわめた。農業地帯の集散地。家具,農業機械,食品工業が行われる。中世の城郭に囲まれ,13世紀の代表的建築聖ペレグリノ聖堂があり,13世紀の教皇宮はラツィオ地方のゴシック様式建築物として有名。人口5万 8353 (1991推計) 。

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世界大百科事典 第2版の解説

ビテルボ【Viterbo】

イタリア中部,ラチオ州の都市。人口5万7830(1981)。ラテン語読みではウィテルボ。標高325mの高台にあり,農産物取引,製めん,皮革加工が盛んである。エトルリア起源といわれ,ビテルボという呼称は7世紀以降。1167年,フリードリヒ1世は自治都市ビテルボに多くの特権を与え,町はローマ北部地域で最も強大な都市に発展し,92年に司教座都市になった。ビテルボをめぐって,教皇庁と神聖ローマ帝国の紛争が始まり,ビテルボの豪族間の争いを利用し,1240年皇帝フリードリヒ2世は町を領有したが,彼の死後,教会の支配にゆだねられた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ビテルボ
びてるぼ
Viterbo

イタリア中部、ラツィオ州ビテルボ県の県都。人口5万7307(2001国勢調査速報値)。チミーニ山地の麓(ふもと)、標高325メートルの地にあり、農畜産物の集散地である。市中の一角には典型的な中世の町並みが残り、11~13世紀の栄華の名残(なごり)をいまに伝えている。13世紀後半には教皇がこの地に居を構えた。[堺 憲一]

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