ピレスロイド殺虫剤(読み)ぴれすろいどさっちゅうざい

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ピレスロイド殺虫剤」の意味・わかりやすい解説

ピレスロイド殺虫剤
ぴれすろいどさっちゅうざい

殺虫剤を化学構造に基づいて区分したときの分類の一つ。ピレスロイドとは、中央アジアを原産地とするキク科植物のシロバナムシヨケギクジョチュウギク)の花に含まれる殺虫成分であるピレトリンおよびその類縁化合物の総称(天然ピレスロイド)である。これらを成分とするピレスロイド殺虫剤(除虫菊剤)は、高い殺虫活性とともに速効性に優れているが、哺乳(ほにゅう)動物では速やかに解毒される。その殺虫作用は、ピレスロイドが神経軸索に存在するナトリウムイオンチャネル(細胞外のナトリウムイオンを選択的に細胞内に取り込むタンパク質)に結合して神経伝達物質の異常放出を引き起こし、その結果、正常な神経伝達ができなくなり異常興奮を誘起することに起因する。

[田村廣人]

歴史

日本には、1881年(明治14)にイギリスから初めてジョチュウギクが輸入されたとされている。1886年に和歌山県で栽培後、瀬戸内海沿岸で広く栽培され、一時は世界最大のジョチュウギク生産国となり、アメリカなどへも輸出されるようになった。1890年には蚊取り線香も発明されている。20世紀前半には、ジョチュウギクの石油乳剤が農業用殺虫剤として使用されるようになり、それとともに、家庭用殺虫剤として蚊取り線香やノミ取り粉などとして普及した。しかし、20世紀後半には、より優れた合成ピレスロイド殺虫剤の登場により、ジョチュウギクの農業用殺虫剤としての使用は激減した。なお、除虫菊乳剤およびピレトリン乳剤は、有機農産物の日本農林規格(JAS(ジャス)規格)の第4条「有機農産物の生産の方法についての基準」のうち、「ほ場における有害動植物の防除」に該当する農薬として使用可能となっている。

[田村廣人]

天然ピレスロイド

1924年にH・シュタウディンガーとL・S・ルジーチカにより、天然ピレスロイドであるピレトリンⅠおよびⅡの化学構造が提唱され、1947年にラフォールF. B. LaForgeらにより正しい構造が解明された。天然ピレスロイドの構造的な特徴は、2種類のシクロプロパン環をもつカルボン酸と3種類の5員環不飽和ケトンを含むアルコールとの組合せによってできるエステルであり、これまでに6種類の殺虫活性成分が単離・同定されている。これら6種類の殺虫成分は、いずれも三つの不斉(ふせい)炭素原子をもつため、理論的には八つの光学異性体が存在する。天然ピレスロイドは、とくに光や酸素に対して不安定な化学物質であるため農業用殺虫剤としては不十分であり、化学的に安定で効力の高い合成ピレスロイドが数多く合成された。

[田村廣人]

合成ピレスロイド

1949年にアレスリンが最初の合成ピレスロイドとして実用化された。さらにピレトリンのアルコール部分に改良が加えられたレスメトリン、フェノトリンやペルメトリンが発見された。また、ピレトリンの殺虫活性に必須(ひっす)であると考えられていたシクロプロパン環をもたないフェンバレレートや、ついには、エステル結合にかわってエーテル結合であるエトフェンプロックス、ケイ素を含むシラフルオフェンが実用化された。この構造改変により、魚毒性が低下し、水田でも使用できるピレスロイド殺虫剤が開発された。一方、その速効性と哺乳動物への低毒性のため、家庭用殺虫剤としても使用されている。

 ピレスロイド殺虫剤ではないが、局所麻酔薬リドカインと同様のナトリウムイオン電流の遮断作用を示すオキサジアゾン環をもつインドキサカルブは、チョウ目(鱗翅(りんし)目)昆虫に対して高い殺虫活性を有している。

[田村廣人]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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