最新 心理学事典 「神経伝達」の解説
しんけいでんたつ
神経伝達
neurotransmission
【ニューロンneuron(神経細胞)】 ニューロンは神経系を構成する細胞であり,人間一人当たりの数は1000億個から数千億個といわれている。ニューロンの独特な形態は,個々のニューロンが信号を受け取り,信号を伝えるか否かの決定をし,別の場所に情報を伝えるという機能の現われといえる。細胞の核と核周部を合わせて細胞体cell body,somaといい,細胞体から樹状突起dendriteが枝分かれして出ている。細胞体からはまた,信号を別の箇所に伝えるための突起である軸索axonが1本伸びている。各要素の役割は,典型的には樹状突起や細胞体が信号の受容部位であり,軸索終末部axon terminalが別の細胞への信号伝達部位である。ただし,軸索終末部上で入力を受けその軸索終末部からの信号伝達が調節される場合もある。一つのニューロンの内部を信号が伝わることを伝導conduction,ニューロン間で信号が伝わることを伝達transmissionという。
ニューロンの活動は,細胞膜をはさんだ電圧の変化によって表わされる。細胞外を基準とした細胞内の電圧を膜電位membrane potentialという。興奮も抑制もしていない静止膜状態にあるニューロンの膜電位を静止膜電位resting membrane potentialといい,マイナス数十mVの値を取ることが多い。静止膜状態では,細胞膜を介する透過は相対的にカリウムイオン(K+)が優勢で,静止膜電位はK+の平衡電位equilibrium potential(細胞内外の当該イオンの濃度差による駆動力と膜電位の影響による駆動力が釣り合う膜電位のこと)の影響を最も強く受けた値となる。膜電位が静止膜電位よりもプラス側に上昇した場合が興奮excitation,マイナス側に下降した場合が抑制inhibitionである。なお静止膜電位を0mVから分極した状態と考えると,興奮はその分極状態から脱することなので脱分極depolarizationといい,また抑制は分極状態がさらに進むことなので過分極hyperpolarizationという。膜電位の上昇は細胞内への陽イオン流入(または細胞外への陰イオン流出)によって,膜電位の下降は細胞内への陰イオン流入(または細胞外への陽イオン流出)によって生じるが,細胞膜を形成している脂質二重層lipid bilayerをイオンは透過できない。細胞膜をはさんでのイオンの往来を可能にしているのは,細胞膜に埋め込まれている多数の膜タンパク質であり,イオンチャンネルion channel,トランスポーターtransporter,エクスチェンジャーexchanger,ポンプpumpがある。このうちポンプだけはアデノシン三リン酸(ATP)によるエネルギーを必要とする。
ニューロンへの信号入力によって十分な大きさの脱分極が生じ,それが細胞体から軸索への移行部分である軸索小丘axon hillock(起始円錐cone of origin)に伝わることが,軸索に沿って軸索終末部まで信号が伝導されるための条件となる。軸索に沿って興奮が伝導される際に用いられる膜電位変化を活動電位action potentialという。活動電位が最初に発生する部位である軸索小丘の細胞膜には,脱分極によって活性化されナトリウムイオン(Na+)を透過させる膜電位依存性Na+チャンネルvoltage-dependent sodium ion channelと,脱分極によって活性化されカリウムイオン(K+)を透過させる膜電位依存性K+チャンネルvoltage-dependent potassium ion channelが高密度に存在している。十分な大きさの脱分極が軸索小丘に伝わってきて,そこでの脱分極の大きさが閾値を超えると膜電位依存性Na+チャンネルが活性化され,この場所の膜電位はNa+の平衡電位に向かって急激に上昇する。膜電位が0mVを超えてプラスになることをオーバーシュートovershootという。その直後,このNa+チャンネルの不活性化が生じ,それと並行して,軸索小丘にある膜電位依存性K+チャンネルの活性化が(Na+チャンネルよりも遅れて)生じることにより膜電位は急激に下降し(再分極repolarization),さらに静止膜電位を超えて一過性の過分極(アンダーシュートundershoot)を示した後すみやかに静止膜電位に戻る。活動電位における膜電位のこの急激な上昇と下降に要する時間は1msec(ミリ秒)程度である。軸索小丘における膜電位が閾値を超えれば,どの程度超えるかに関係なくほぼ一定の振幅,同じ時間経過の活動電位が発生し,閾値を超えない場合には活動電位は発生しない。このような性質を全か無かの法則all-or-none lawという。
膜電位依存性Na+チャンネルが不活性化の状態から活性化可能な元の状態に戻るまでの数msecの間は,活動電位が再び生じるための膜電位の閾値が通常よりも高い。活動電位が発生し終了した直後は次の活動電位が発生可能となる脱分極の閾値が無限大であり,脱分極の大きさにかかわらず活動電位は生じない。この期間を絶対不応期absolute refractory periodという。それに続いて,Na+チャンネルの不活性化状態が徐々に解除され閾値が下がりつつあるときは,元の閾値を大きく上回る脱分極が到来した場合に限り活動電位が生じうる期間であり,相対不応期relative refractory periodという。この相対不応期のどの時点で次の活動電位が発生するかが,その時どきの活動電位の発生頻度を決める。つまり,活動電位の振幅は一定なのでニューロンへの信号入力の大きさの違いを反映しないが,軸索小丘における脱分極が大きいほど相対不応期の比較的早期(閾値がまだ高いうち)に次の活動電位が発生するため,活動電位の発生頻度が高くなるという,頻度への変換がなされていることになる。軸索終末部に到達する活動電位の頻度が高いほど,単位時間当たりの神経伝達物質(後述)の放出量も多くなる。
軸索の細胞膜上にも,軸索小丘と同様に膜電位依存性Na+チャンネルと膜電位依存性K+チャンネルがあるため,軸索小丘で活動電位が生じるとその脱分極の影響で軸索に沿って活動電位が次々に発生し,全か無かの法則に従い,活動電位の振幅は減衰しないで軸索終末部へと伝導される。軸索が髄鞘myelin sheathで覆われている場合を有髄線維myelinated fiber,髄鞘をもたない場合を無髄線維unmyelinated fiberという。髄鞘は後述のグリア細胞の一部が軸索に巻きついたものである。有髄線維において,髄鞘による巻きつきが途切れて軸索が露出した部分をランビエ絞輪node of Ranvierという。軸索に沿った活動電位の伝導速度は,無髄線維では毎秒1m程度なのに対し,有髄線維では毎秒100m以上にも達する(軸索が太い場合)。有髄線維ではランビエ絞輪でのみ活動電位を発生させているが,髄鞘部分は電流の漏れが少ないため,活動電位を発生させなくてもここでの信号の減衰は少なく,ランビエ絞輪でのみ活動電位を発生させれば,軸索終末部までの伝導が可能だからである。ランビエ絞輪において飛び飛びに活動電位を発生させ効率よく伝導することを跳躍伝導saltatory conductionという。
神経系における情報処理の担い手はニューロンであるが,それ単独では機能することができず,グリア細胞や血管(血流)の助けが必須である。グリア細胞glial cellは,数のうえではニューロンの10倍程度存在するといわれる。主要なグリア細胞として,中枢神経系ではアストロサイト(星状膠細胞)astrocyte,オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)oligodendrocyte,ミクログリア(小膠細胞)microgliaの3種類が,末梢神経系ではシュワン細胞Schwann cellが挙げられる。ニューロンをその位置で支える支持機能や,エネルギー源であるグルコースglucoseのニューロンへの受け渡しや不要物・老廃物の回収などの機能をもち,またオリゴデンドロサイトやシュワン細胞はニューロンの髄鞘を形成して活動電位の伝導を速めている。
神経細胞の生存や活動に必要なエネルギー源であるグルコースとエネルギー産生を可能にする酸素は,血流によって供給されるため,神経系の至る所に血管が張りめぐらされている。ただし,血中の物質の無選択的な透過は血管の内皮細胞の働きにより阻害されており,有害物質の遮断機能がある。血流と脳との間にあるこの関門のことを血液-脳関門blood-brain barrier(BBB)という。
【シナプスsynapse】 ニューロンからニューロンへ(または筋肉などの効果器へ)の信号伝達が行なわれる接合部位をシナプスという。化学シナプスchemical synapseの場合,信号を出す側のシナプス前膜presynaptic membraneと信号を受け取る側のシナプス後膜postsynaptic membraneとの間は約20nm(ナノメートル)隔たっており,このシナプス間隙synaptic cleftに放出される化学物質を介して信号伝達が行なわれる。このような化学物質のことを神経伝達物質neurotransmitterという。一方,神経伝達物質を用いない電気シナプスelectrical synapseの場合,細胞同士がその接合部位であるギャップジャンクションgap junctionにおいてコネクソンconnexonというタンパク質を介して結合しており,この中をイオンが透過し細胞間を直接的に電気信号が伝わる。ここでは,哺乳類におけるシナプス伝達の大部分が行なわれる化学シナプスについて記述する。
シナプス前細胞presynaptic cellの軸索終末部には神経伝達物質を含んだシナプス小胞synaptic vesicleが多数存在しており,アクチンフィラメント(細胞骨格)に結合している。活動電位が軸索に沿って伝導し軸索終末部に到達すると,軸索終末部の細胞膜の膜電位依存性カルシウムイオン(Ca2+)チャンネルvoltage-dependent calcium ion channelが活性化され,軸索終末部へCa2+が流入する。流入したCa2+がタンパク質リン酸化酵素やCa2+結合タンパク質などの細胞内分子と結合し,シナプス小胞のシナプス前膜への移動を可能にするとともに,シナプス前膜に融合したシナプス小胞を開口させる。シナプス前膜のすぐ内側のシナプス小胞の密集部分をアクティブゾーンactive zoneという。シナプス小胞内の神経伝達物質が開口時に濃度勾配に従ってシナプス間隙に拡散することが神経伝達物質の放出であり,シナプス小胞に充塡された多数の分子が同時に放出されるという量子的放出quantal releaseの形を取る。シナプス小胞の融合から開口放出に至る一連の過程をエクソサイトーシスexocytosisとよぶ。融合した膜は細胞内に再び取り込まれ(エンドサイトーシスendocytosis),神経伝達物質が充塡されてのちの放出に備える。
シナプス後膜には,神経伝達物質との結合により活性化される受容体receptorが存在している。受容体には,イオンチャンネルを受容体内部に有するイオンチャンネル型受容体ionotropic receptorと,受容体にイオンチャンネルがなくGTP結合タンパク質GTP binding protein(GタンパクG protein)などを介して生理作用をもたらす代謝型受容体metabotropic receptorとがある。受容体の活性化によりシナプス後部のイオン透過性が変化すると,シナプス後細胞postsynaptic cellの膜電位変化(または膜電位変化のしやすさの変化)が生じる。
以上のように,化学シナプスにおける信号伝達は複数の段階を経てなされ,伝達速度の点からは電気シナプスよりも非効率的であるが,化学シナプスの方が種々の調節を受けやすく環境に応じた変化が可能である。なお,神経伝達物質を放出する側であるシナプス前部に受容体が存在する場合もあり(自己受容体autoreceptor),神経伝達物質の放出情報が軸索終末部にフィードバックされ放出量が調節される。シナプス間隙に放出された神経伝達物質は,分解酵素やトランスポーターなどの作用によりその場から除去される。
シナプス後部から記録される膜電位のことをシナプス後電位postsynaptic potentialといい,それが脱分極ならば興奮性シナプス後電位excitatory postsynaptic potential(EPSP),過分極ならば抑制性シナプス後電位inhibitory postsynaptic potential(IPSP)という。シナプス後細胞には普通多数のシナプス入力があり,興奮性入力が多ければEPSPの振幅も大きくなり,抑制性入力が混ざるとEPSPの振幅が減少するというように,シナプス入力の量に応じた連続的な膜電位変化が生じる。複数のシナプスでの入力がほぼ同時に生じるとEPSPの空間的加重spatial summationが,また短時間の間に複数回の入力がある場合には時間的加重temporal summationが生じうる。シナプス後電位は,活動電位とは違って受動的な膜電位変化なので,細胞に沿って距離が離れるにつれて膜電位変化の振幅が減少する性質があるが,すべてのシナプス入力の統合の結果として軸索小丘に閾値以上の脱分極が伝われば活動電位が発生し,軸索小丘における脱分極の振幅が大きいほど高頻度の活動電位が軸索を伝導することになる。
【神経伝達物質neurotransmitter】 神経系では多くの種類の神経伝達物質が使われており,アミノ酸(グルタミン酸やγアミノ酪酸など),アミン(セロトニン,ドーパミンなど),ペプチド(サブスタンスPなど),その他(アセチルコリンなど)に大別できる。
あるシナプス部位において,ある化学物質が神経伝達物質として機能していることの証明には,次の5項目すべてが実験によって示される必要がある。⑴シナプス前部にその物質の合成酵素が存在すること,⑵軸索終末部にその物質が貯蔵されていること,⑶軸索終末部からその物質が放出されること,⑷シナプス後細胞にその物質の受容体が存在し,作用を引き起こすこと,⑸その物質の除去機構がシナプス部に存在すること。ただし,シナプス後部から放出されシナプス前部に作用する逆行性信号伝達の担い手(一酸化窒素や内在性エンドカンナビノイドなど)を神経伝達物質に含めるならば,これらの定義の一部変更が必要であろう。
アセチルコリンacetylcholineはAChと称され,コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT)の作用により軸索終末部で合成される。アセチルコリン受容体は,イオンチャンネル型のニコチン性受容体(nAChR)と代謝型のムスカリン性受容体(mAChR)に大別される。シナプス部における除去はアセチルコリンエステラーゼ(AChE)による分解による。アセチルコリン作動性ニューロンは認知学習機能や脳の覚醒状態にかかわりがあるとされ,またアルツハイマー型認知症ではアセチルコリン作動性ニューロンの脱落が生じる。
セロトニンserotoninは5-HTともいい,トリプトファンからトリプトファン5-モノオキシゲナーゼと芳香族-L-アミノ酸デカルボキシラーゼの作用により合成される。受容体としては5-HT1~5-HT7があり,この中で5-HT3がイオンチャンネル型,それ以外が代謝型である。シナプス部における除去は,セロトニントランスポーターによる取り込みでなされる。脳幹の縫線核はセロトニン作動性ニューロンの集合であり,脳内に広く線維を送る。抗うつ薬はセロトニントランスポーター阻害を企図したものが多い。
ドーパミンdopamineはDAと称され,チロシンからチロシン3-モノオキシゲナーゼと芳香族-L-アミノ酸デカルボキシラーゼにより合成される。受容体はすべて代謝型であり,D1~D5受容体がある。主要なドーパミン経路として,黒質から線条体への投射,腹側被蓋野から側坐核ならびに前頭連合野への投射,視床下部から下垂体への投射がある。シナプス部における除去は,カテコール-O-メチルトランスフェラーゼによる分解と,ドーパミントランスポーターによる取り込みによる。中脳辺縁系シナプス後部のD2受容体の過活性が統合失調症と関連があるとされ,黒質ドーパミン作動性ニューロンの脱落はパーキンソン病を引き起こす。側坐核などの脳内報酬系における役割も知られている。
アドレナリンadrenalineはA,ノルアドレナリンnoradrenalineはNAと称される。チロシンから合成され,ドーパミン-β-モノオキシゲナーゼがドーパミンに作用するとノルアドレナリン,さらにフェニルエタノールアミンN-メチルトランスフェラーゼが作用するとアドレナリンとなる。ドーパミン,アドレナリン,ノルアドレナリンを総称してカテコールアミンという(カテコールアミンとセロトニンの総称がモノアミンである)。アドレナリンとノルアドレナリンの受容体は共通であり,すべて代謝型である(α1受容体,α2受容体,β受容体)。シナプス部における除去は,カテコール-O-メチルトランスフェラーゼによる分解と,ノルアドレナリントランスポーターによる取り込みによる。神経系においてはノルアドレナリンの方が優勢である。橋にある青斑核はノルアドレナリン作動性ニューロンの集合で,脳内に広く線維を送る。アドレナリン作動性ニューロンは延髄外側網様体に存在する。
グルタミン酸glutamate,glutamic acidはGlu と称される。アミノ酸の一種で,グルタミン酸デヒドロゲナーゼによる合成やグルタミナーゼによるグルタミンからの変換によってできる。受容体にはイオンチャンネル型(AMPA受容体,NMDA受容体,カイニン酸受容体)および代謝型(mGluR1~mGluR8)がある。シナプス部における除去は,グルタミン酸トランスポーターによる取り込みによる。海馬や小脳におけるシナプス可塑性との関連が詳細に調べられている。
γアミノ酪酸γ-aminobutyric acidはGABA(ギャバ)と称され,グルタミン酸デカルボキシラーゼによりグルタミン酸から合成される。受容体はイオンチャンネル型のGABAA受容体とGABAC受容体,代謝型のGABAB受容体がある。シナプス部における除去はGABAトランスポーターによる。抑制性シナプス入力をつかさどる神経伝達物質として知られ,局所的な介在ニューロンから放出される場合が多い。
神経伝達物質がニューロン間の信号伝達において重要な役割を果たすことはいうまでもないが,神経伝達物質の種類自体がシナプス伝達の機能を代表するものでないことに注意すべきである。神経伝達物質は受容体に結合してなんらかの生理反応を引き起こすための引き金の役割を担っているのであって,そのシナプス伝達がもたらす結果としての生理反応を決めるのは,受容体の性質や受容体活性化以降のカスケードの内容である。つまり,ある特定の神経伝達物質だけをもってその機能を論じることはできず,その神経伝達物質が作用する受容体とセットで論じられなければならない。 →向精神薬 →神経系
〔岡田 隆〕
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