日本大百科全書(ニッポニカ) 「フィッシャー論争」の意味・わかりやすい解説
フィッシャー論争
ふぃっしゃーろんそう
Fischer-Kontroverse ドイツ語
第一次世界大戦の原因や同大戦中のドイツの戦争目的、またドイツ支配勢力の連続性をめぐる歴史学の国際的な論争。伝統的なドイツ歴史学の定説によれば、第一次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)した際、ドイツは「世界戦争を望んでいなかった。したがって大戦勃発についての戦争責任はない。また、明確な戦争目的をもっていなかった。したがって、第一次と第二次の世界大戦を比べると、その性格(原因、戦争目的、支配勢力の性格)はまったく違っている」ということであった。ハンブルク大学教授フィッシャーFritz Fischer(1908―1999)はこの定説を批判して、「ドイツ第二帝政から第三帝国に至るドイツ支配勢力の性格は、根本的には連続性をもっている。したがって、両大戦における戦争の原因、ドイツの戦争目的、支配勢力の政策もまた、ある程度の連続性が認められる」と主張した。これは、ナチズムを「ドイツ史の突然変異」と断定して、ドイツの歴史や社会とナチズムとの間の密接な関係を否定する伝統的史学の主張を鋭く攻撃する見解であったので、ドイツの歴史学の指導者、評論家、保守政治家、マスコミの猛烈な非難を受け、フィッシャーは「ドイツ国民意識への裏切り者」とののしられた。論争は、1959年のフィッシャーの論文に始まり、彼の主著『世界強国への道』(1961)の発表以来本格化し、彼の第二の主著『妄想にもとづく戦争』(1969)の出現ごろまで、国際的に、賛否両派の激しい対立の下に行われた。イギリス、フランス、アメリカ、共産圏諸国ではフィッシャーの支持者が比較的多かったが、旧西ドイツにおいても若い研究者は、相当数の者がフィッシャー説に傾いた。現在はこの時代の「旧社会史」の研究が盛んになったが、支配勢力の連続性の問題はなお大いに論じられている。
[村瀬興雄]
『F・フィッシャー著、村瀬興雄監訳『世界強国への道――ドイツの挑戦、1914~1918』全二冊(1972、1983・岩波書店)』