デジタル大辞泉
「妄想」の意味・読み・例文・類語
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もう‐そうマウサウ【妄想】
- 〘 名詞 〙 ( 古くは「もうぞう」 )
- ① ( ━する ) 仏語。とらわれの心によって、真実でないものを真実であると、誤って意識すること。また、そのような迷った考え。邪念。
- [初出の実例]「老眼愁看何妄想、王弘酒使便留居」(出典:菅家後集(903頃)秋晩題白菊)
- [その他の文献]〔円覚経〕
- ② ( ━する ) ありえないことを、みだりに想像すること。みだらな考えにふけること。また、そのような想像。ぼうそう。〔日葡辞書(1603‐04)〕
- [初出の実例]「倉地の夫婦関係を種々に妄想したり」(出典:或る女(1919)〈有島武郎〉二七)
- ③ 特に根拠がないのに不合理なことを事実と確信し、誤りを立証しても承知しない状態。いろいろな精神病の症状として現われる。
ぼう‐そうバウサウ【妄想】
- 〘 名詞 〙 根拠のないことを、とりとめもなく想像すること。もうそう。
- [初出の実例]「聞いてゐると。時々笑ふべき妄想(ボウサウ)が多いテ」(出典:内地雑居未来之夢(1886)〈坪内逍遙〉一二)
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妄想(精神病理学)
もうそう
delusion
精神病理学用語としての妄想は、日常生活でしばしば使われる場合とは異なり、誤った観念というだけではなく、妄想者がそれについて理屈や議論で訂正できない程度に、強い確信をもっているものをいう。しかも個人的信念とか、宗教的信仰とも異なり、妄想内容が妄想者の教養や文化一般に相照して甚だしく不調和であることが特徴的である。この点が迷信と妄想との違いでもある。
妄想には、対人関係に関するもの、気分の高揚に伴う誇大的な内容のもの、沈鬱(ちんうつ)な気分に伴う卑小的かつ自責的な内容のもの、以上三つがある。次におもなものを列挙する。
[荻野恒一]
〔1〕関係妄想 2、3人の人が身ぶりをしながら私を見ている、あれは自分に当てつけているのだ、など周囲の人々の動作や表情が、みんな自分に関係していると考える内容のものをいう。〔2〕注察妄想 バスの中で皆が自分を特別の目で見る、など周囲の人々が自分1人を特別に注目しているという意識内容である。〔3〕被害妄想・迫害妄想 周りの人たちが私に悪意をもっている、私だけをのけ者にしようとする、など周囲の人々が自分を圧迫、迫害するという内容のものをいう。〔4〕訴訟妄想 他人が自分の法的権利を侵害したと信じ込み、これを法律的に解決しようとする者が述べる法律的に不合理な確信をいい、一般には被害者‐加害者妄想とよばれる。〔5〕嫉妬(しっと)妄想 夫は隣の未亡人と関係があるに違いない、など男女の関係において相手を第三者に取られる、相手が自分から離れる、という内容のもので、一種の被害妄想である。〔6〕影響妄想 自分はまったく主体性なく、ある特定の人あるいは漠然と周囲の人々によって考えさせられ、操られて行動している、など自分の言動がすべて他者の影響下にあると考える内容のものをいう。
[荻野恒一]
〔1〕誇大妄想、〔2〕健康妄想、〔3〕血統妄想 ともに、自分の能力、健康、地位などについて、現状とかけ離れて過大に評価する内容のものである。〔4〕被愛妄想 愛情関係において、事実とかけ離れて、愛されていると確信する妄想である。
[荻野恒一]
〔1〕卑小妄想、〔2〕貧困妄想、〔3〕心気妄想 ともにそれぞれ、自分の能力、健康、地位などについて、現実とはかけ離れて過小に評価する内容のものである。〔4〕罪責妄想 常識的にはささいな事柄の過ちが回想されて、地獄に落ちなければならない、刑務所に行かなければならない、など自己の罪業につき極端に病的に過大に考えられた内容のものである。〔5〕永劫(えいごう)妄想 自分はいまの苦しみを永劫に続けなければならない、自分には死ぬことさえ許されていない、という内容のもので、罪責妄想の極端な一型といえる。
妄想という精神病理現象は、幻覚とともにもっとも主要な精神病理学研究の主題として今日まで多くの研究がなされてきている。妄想研究の立場を二大別すると、〔1〕妄想内容の異常性、その発生機制の非了解性を明らかにしていく立場、〔2〕妄想者の一見奇妙な了解不可能なことばのなかに秘められている、全人間的うめきと願いを深く了解していこうとする立場、に分けられる。前者が、妄想者の語る異常なことばについての緻密(ちみつ)な症状論的記述であるのに対して、後者は、そのことばのもつ人間学的意味合いを洞察する現象学的研究である。ちなみに、フランス語とドイツ語における妄想ということばの語源をたどると、19世紀までは、フランス語のデリールdélireは狂った精神、脈絡を欠いた思考、狂人のたわごと、といった意味をもっていたのに対して、ドイツ語のバーンWahnは個人的意見、私的願望といった意味合いをもっていた。
[荻野恒一]
妄想(森鴎外の小説)
もうぞう
森鴎外(おうがい)の短編小説。1911年(明治44)3~4月、『三田文学』に発表。13年(大正2)7月、籾山(もみやま)書店刊の『分身』に収録。鴎外自身をモデルとする翁(おきな)の述懐という形式をとった、半生の精神閲歴をつづった作品。まずドイツ留学時代を回顧し、自然科学の研究のかたわら、人生に疑問をもって、多くの哲学書をひもといたが、ついに1人の主(しゅう)にもあわなかったといい、最後に、もっとも大きい未来を有するのはやはり科学であろうと述べている。厳密な意味での告白ではないが、執筆当時の鴎外の世界観をよく示している作品として、注目を集めている。
[磯貝英夫]
『『筑摩現代文学大系4 森鴎外集』(1976・筑摩書房)』
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妄想 (もうそう)
delusion
一般に,病的な状態から生じ,その内容がありうべからざるもので,なみなみならぬ確信を伴い,いくら説得されても訂正不能の誤った判断のこと。その確信が個人的であり,不合理性が自覚されず,背後に帰すべき特別な感情は認められない点で,迷信や強迫観念,優格(支配)観念とは区別される。妄想は了解心理学の立場から,(1)心理的に了解できない一次妄想primary delusion(真正妄想,原発妄想)と,(2)患者の感情,心理状況,ある性格者の環境への反応などから了解できる二次妄想secondary delusion(妄想的観念,続発妄想,妄想様反応)とに大別される。一次妄想は,さらに妄想知覚,妄想着想,妄想気分に分けられる。妄想知覚Wahnwahrnehmungは知覚したものへの理由のない意味づけであり,妄想着想Wahneinfallは突然のひらめきを確信する体験であり,妄想気分Wahnstimmungは,あらゆるものが新しい意味を帯び,無気味な,何かが起こりそうな気分状態をさしている。K.シュナイダーは妄想知覚は,対象の知覚という第一分節と,知覚された対象への異常な意味づけという第二分節をもつ二分節性の体験であるのに対し,妄想着想はひらめきのみという一分節性であり,統合失調症の診断には一級症状としての妄想知覚の方が価値があるとのべている。妄想気分は,統合失調症の初期にみられることが多く,ここから二次的にはっきりとした妄想的確信がでてくる(ヤスパース)という考えと,妄想知覚に内容的な方向を与えるものではない(シュナイダー)という考えがある。いわゆる世界没落体験も妄想気分の中に含まれる。
妄想の成因については諸説があるが確定的なものはない。了解不能で,それ以上心理的に追及できぬという立場では,何らかの器質的背景,身体的病的過程を考え,精神分析学では無意識的願望とそれに対する防衛機制の結果と考える。また病者の人格全体,存在様式の変容として理解する立場もある。妄想の経過は,一過性,あるいは周期的に出没するものから,しだいに荒唐無稽の内容になってゆくものや,次から次へと関連づけて強固な妄想体系を築き上げてゆくものがある。一般にパラノイアの妄想は強固で,まとまっているのに対し,統合失調症の妄想は,それほど強固でなく,内容的に崩れているといわれている。妄想の出やすい疾患は,統合失調症,とくに妄想型統合失調症であり,そのほか躁うつ病,器質精神病,中毒精神病(とくにアルコール依存症,覚醒剤中毒など)にみられる。
妄想はその内容によって以下のように分類される。(1)被害的内容のもの 自己の身体,財産などに危害,被害を加えられるという内容。たとえば関係妄想,被害妄想,被毒妄想(毒物を盛られたと確信するもの),追跡妄想(つけねらわれていると確信するもの),注察妄想(注目,観察されていると確信するもの),嫉妬妄想(つれあいの不貞を確信するもの)など。(2)誇大的内容のもの たとえば誇大妄想,血統妄想(高貴な出であると確信するもの),発明妄想(世紀の大発明を行ったなどと確信するもの)など。(3)卑下した内容 たとえば心気妄想(身体的異常を確信するもの),罪業妄想(自分が罪深いと確信するもの),微少妄想(財産,地位,健康などの過少を確信するもの)など。そのほか動物や神が憑(つ)いていると確信する憑依妄想がある。
執筆者:保崎 秀夫
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妄想【もうそう】
病的状態から発生する根拠のない主観的な確信で,それと相反する事態に直面したり,他人に説得されてもその誤謬(ごびゅう)を訂正しえない。種々の精神疾患にみられる。妄想内容により,被害妄想,誇大妄想と,自分が他人よりも劣っていると思い,自分を過小評価する微小妄想に分類される。
→関連項目人格障害|心気症|投射|破瓜型|パラノイア
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妄想
もうそう
delusion
病的な状態から生じた誤った判断。確信的であること,経験や推理に影響されないこと,内容が現実から遊離していること,などが特徴である。一般に被害妄想,関係妄想,誇大妄想のように,内容によって名称を与える。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
普及版 字通
「妄想」の読み・字形・画数・意味
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世界大百科事典(旧版)内の妄想の言及
【思考】より
…思考制止inhibition of ideasとは思考の流れに抑制がかかってスムーズにいかないこと,思考途絶blocking of thoughtとは思考の流れが突然中断してしまうこと,観念奔逸flight of ideasとは考えが次から次へと飛んでなかなか目的に到達しないこと,思考滅裂incoherence of thoughtとは意識が清明であって思考過程にまとまりが欠け,話の筋が支離滅裂であること,思考散乱incoherent thinkingとは意識障害時の話の支離滅裂状態,保続perseverationとは質問が変わっても前の返事が繰り返されることをいう。 思考内容の障害には,優格観念,強迫観念,[妄想]がある。優格観念overdetermined ideaとは支配観念ともいい,感情に強く裏づけられた観念で,その人の思考や行動を持続的に支配するもの,強迫観念obsessional ideaとはその不合理性を自覚しながらも特定の観念にとらわれて離れることができぬもの,妄想とはありうべからざることを病的に確信し,周囲からの説得によっても訂正不能なものをいう。…
※「妄想」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」