フィリピン独立教会(読み)フィリピンどくりつきょうかい(その他表記)Philippine Independent Church

改訂新版 世界大百科事典 「フィリピン独立教会」の意味・わかりやすい解説

フィリピン独立教会 (フィリピンどくりつきょうかい)
Philippine Independent Church

ローマカトリック教会から分離したフィリピンの民族教会。フィリピン革命の過程でフィリピンのローマ・カトリック教会の裁治権を民族化しようとする構想が生まれた。革命軍宗務総長に任命されたフィリピン人司祭アグリパイが1898年10月に教会の民族化を宣言し,1年後には民族教会の創立が決議され,アグリパイらはローマ教皇の承認を求めたが実現しなかった。革命敗北後,1902年8月に民族主義者イサベロ・デ・ロス・レイエスがローマから分離したフィリピン独立教会の創立を提案し,アグリパイを大司教に指名した。翌03年1月にアグリパイは独立教会の初代大司教に聖別された。創立直後はその民族主義的立場のゆえに急速に教勢を拡大し,少なく見積もっても100万以上が信徒になったといわれる。神学の面ではホセ・リサールなど4人の民族英雄を聖人にするなど,しだいに正統的カトリック神学から離れた。独立教会はカトリック教会の建物を占拠して活動していたが,06年の裁判所の判決でこれらの建物を返還しなければならなくなり,教会の物質的基盤を失った。以後は教会運営がなおざりにされたこともあり,教勢は下降一途をたどり始めた。第2次大戦後,独立教会は神学的立場の再検討を行い,その結果,61年には聖公会との間に共同陪餐協約を結び,現在にいたっている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「フィリピン独立教会」の意味・わかりやすい解説

フィリピン独立教会
フィリピンどくりつきょうかい
Philippine Independent Church

1896~98年の反スペイン革命後,スペイン人聖職者の支配に反対してフィリピンのローマ・カトリック信者が 1902年に結成した独立教会。スペイン人聖職者,政府官吏を批判したため投獄されていた上院議員イサベロ・デ・ロス・レイエスの要請で,革命運動のため破門されていたフィリピン人司祭 G.アグリパイが翌 03年新教会の最高司教に就任。礼拝様式は常にローマ・カトリック的であったが,教義はユニテリアン主義の影響を強く受けた。 46年ユニテリアン派が脱退,47年三位一体主義に立つ新信仰宣言がなされた。 48年アメリカ・プロテスタント・エピスコパル教会が3名の独立教会司教を叙階。 61年イギリス国教会および古カトリック諸教会との一致を達成した。

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世界大百科事典(旧版)内のフィリピン独立教会の言及

【フィリピン】より

…これはスペインの遺産であって,各町に教会が置かれ,人々はここで毎週日曜日にミサをあげ,洗礼,婚礼などの人生の主要儀礼を行う。しかし,同じキリスト教徒でもそこにはローマ・カトリック(85%),プロテスタント(3%),フィリピン独立教会(4%),イグレシア・ニ・クリスト(キリストの教会,1%)などの派がみられ,別々の教会で別々の儀礼を執り行う。残る7%の人口のうち4~5%がイスラム教徒で,南部を中心に約250万人を数える。…

※「フィリピン独立教会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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