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フォキオン Phōkiōn

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フォキオン
Phōkiōn

[生]前402頃
[没]前318
古代ギリシア,アテネの将軍,政治家。デモステネスヒュペレイデスら反マケドニア派の政敵で,エウブロスアイスキネスらを支持した。哲学者プラトンの門下で,クセノクラテスの親友であった。数々の戦闘で活躍し,45回も将軍 (ストラテゴス ) に選ばれた。マケドニアとの和議に尽力し,ラミア戦争敗北後,民主政が制限されるとアテネの事実上の支配者となり,デマデスとともにマケドニアによるアテネ支配政策を支持。前 319年マケドニアのピレウス占領阻止に失敗,翌年民主政が復帰すると処刑された。しかしまもなくアテネは公葬を決議し,像を建てた。プルタルコスの『フォキオン伝』がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

フォキオン【Phōkiōn】

?‐前318
アテナイの政治家。前4世紀後半,メガラやビュサンティオンの救援に功績を挙げ,前322年のラミア戦争ではマケドニア軍のアッティカ侵入を阻止した。市民の信望が厚く,45回も将軍(ストラテゴス)に選ばれる。デモステネスに対立して,マケドニアの軍事力を認識して協調策を提唱した。ラミア戦争後,手違いからマケドニア軍にペイライエウス港を占領され,そのため民会で告発されて処刑された。【前沢 伸行】

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