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フランダン フランダン Flandin, Pierre Étienne

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フランダン
フランダン
Flandin, Pierre Étienne

[生]1889.4.12. パリ
[没]1958.6.13. サンジャンカップフェラ
フランスの政治家。弁護士を経て,1914~40年下院議員。 24年以降商工相,蔵相などを歴任,34~35年首相兼外相。 35年仏ソ相互援助条約を締結,35~36年無任所相,外相。 36年ドイツラインラント進駐後,ドイツのヨーロッパ制覇は不可避と確信し,イギリス,フランスの共同行動を提唱したが失敗。

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世界大百科事典 第2版の解説

フランダン【Pierre‐Étienne Flandin】

1889‐1958
フランスの政治家。富裕な上院議員の息子としてパリに生まれた。有力な金融界とつながりをもち,急進社会党の右に位置し,右翼と急進社会党とのつなぎ役をつとめた議員グループ民主同盟の総裁。1934年11月首相となり,仏ソ相互援助条約に調印したが,人民戦線運動の発展とともに対独宥和の主唱者となる。40年6月のパリ陥落,対独休戦後はビシー政府に外相として参加した。解放後反逆罪で起訴され,5年間の市民権剝奪を宣せられた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フランダン
ふらんだん
Pierre tienne Flandin
(1889―1958)

フランスの政治家。弁護士から下院議員(1914~1940)となる。穏健保守派の民主同盟の領袖(りょうしゅう)として閣僚を歴任したのち1934~1935年首相を務めた。長く親英派と目されていたが、1938年のミュンヘン協定を歓迎したばかりでなく、ビシー政府の外相を短期間ながら務めた。そのため第二次世界大戦後は対独協力の責任を問われて裁判にかけられ5年間の公民権剥奪(はくだつ)の判決を受けるが、執行は猶予された。[平瀬徹也]

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