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ブラックモン Bracquemond, Félix

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブラックモン
Bracquemond, Félix

[生]1833.5.22. パリ
[没]1914.10.29. パリ
フランスの画家,版画家。 15歳のとき石版制作の徒弟として働き,H.ホルバインや E.ドラクロアの石版を彫った。 J.ギショーに師事。 1852年のサロンに自画像を初出品。その2年後から版画を出品。鳥獣を好んで描き,風景画のなかにもしばしば,かも,がちょう,つばめ,羊,うさぎ,ねずみなどを描いた。 E.マネや印象派の若い画家たちと交わり,彼らに版画を教え,また早くから浮世絵のほか日本の江戸美術に注目した。油彩にはゴンクールの肖像画などがある。また織物や製本のデザインをし,陶画も描いた。著書『デッサンと色彩について』 Du dessin et de la couleur (1885) など。

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世界大百科事典 第2版の解説

ブラックモン【Félix Bracquemond】

1833‐1914
フランスの画家。調馬師,石版工房の雇いなどを経てギシャールJ.Guichardに絵画を学び,1852年サロン(官展)に初出品。59年マリー・キボロンMarie Quivoron(1841‐1916)と結婚。彼女はアングルの弟子で,1874年のサロンに初出品後,第4回印象派展(1879)に参加し,カサット,モリゾーらとともに印象派の女流画家として名高い。ブラックモンは,しだいに油彩より版画に関心を移し,第1回印象派展(1874)に,多様な技法と主題の版画を出品する。

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世界大百科事典内のブラックモンの言及

【ジャポニスム】より

…さらに日本の開国とともに,江戸時代の美術工芸品が直接流入するようになり,中国とはちがった日本文化の特色が注目され,さらに,その美術工芸品に内在している固有の美学をフランスの文化・芸術に適用しようとする姿勢も生まれた。 1856年パリの版画家ブラックモンが,版元ドラートルA.Delâtreのところで陶器の包装詰物に使われて偶然送られてきていた《北斎漫画》を発見し,そのデッサンのすばらしさに驚嘆し,これを友人の画家マネ,ドガ,ホイッスラーや批評家シャンフルーリ,ビュルティP.Burtyなどに伝えたところから,やがて印象派を形成することとなる一群の若い画家たちの間に,日本美術に対する異常な関心が発生したといわれている。その真偽については異論がないわけではないが,60年代のブラックモンの作品のなかに,明らかに広重の《魚尽し》や《北斎漫画》から引用した図柄が現れたり,ホイッスラー,マネ,ティソJames Jacques‐Joseph Tissot(1836‐1902)などの絵画作品にジャポネズリーを描き加える例が目だつことは事実である。…

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