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ヘンドリックス ヘンドリックスHendricks, Thomas Andrews

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ヘンドリックス
ヘンドリックス
Hendricks, Thomas Andrews

[生]1819.9.7. オハイオゼーンズビル
[没]1885.11.25. インディアナインディアナポリス
アメリカの政治家。民主党指導者の一人。 1834年弁護士,48年インディアナ州議会議員,51~55年連邦下院議員,55~59年連邦一般土地局長,63~69年連邦上院議員を歴任。 73~77年インディアナ州知事,85年 G.クリーブランド大統領のもとで副大統領をつとめた。

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デジタル大辞泉の解説

ヘンドリックス(Jimi Hendrix)

[1942~1970]米国のロックギター奏者・歌手。本名、ジェームズマーシャルヘンドリックスJames Marshall Hendrix)。1960年代に出現した最も革命的なロックギタリストといわれ、その激しい演奏スタイルはロック界に大きな影響を残した。ジミヘン。

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百科事典マイペディアの解説

ヘンドリックス

アメリカのロック・ギター奏者。1964年からプロのギター奏者として舞台に立ち,1966年イギリスに渡り自らのバンドを結成。《ヘイ・ジョー》《紫のけむり》が連続ヒットし,ブルースを基礎にした革新的な演奏が衝撃を与えた。
→関連項目ウッドストック・フェスティバルガイ

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タレントデータバンクの解説

ヘンドリックス


グループ
ヘンドリックス

グループメンバー
伊藤康平/森聖

職種
お笑い

プロフィール
伊藤康平と森聖によって結成されたお笑いコンビ。主な出演作は、お笑いライブ『石井光三オフィスアッパーズ』。伊藤の趣味は、パチンコ。森の趣味はサッカー観戦、競馬観戦、ミニ四駆観戦。今後の更なる活躍が期待される。

代表作品
お笑いライブ『石井光三オフィスアッパーズ』

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デジタル大辞泉プラスの解説

ヘンドリックス

福岡県にある遊園地、スペースワールドのキャラクター

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大辞林 第三版の解説

ヘンドリックス【Jimi Hendrix】

1945~1970) アメリカの黒人ロック-ギター奏者・歌手。その奔放で強烈なギター演奏はロック界に大きな影響を残した。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ヘンドリックス
へんどりっくす
Jimi Hendrix
(1942―1970)

アメリカのロック歌手、ギタリスト。シアトル生まれ。本名ジェームズ・マーシャル・ヘンドリックスJames Marshall Hendrix。エレクトリック・ギターのつくり出す音響空間の可能性を極限まで切り拓き、ロック・ギターの概念を変えてしまった革新的な演奏で、1960年代後半のロック界にセンセーションを巻き起こした。その影響力はロックだけにとどまらず、ファンクジャズフュージョンにまで及ぶ。マイルス・デービスが大きな影響を受けた事実はよく知られているし、その楽曲はクロノス・カルテットなどクラシック現代音楽の奏者にも取り上げられている。
 12歳でギターを手にして、マディ・ウォーターズのレコードをきっかけとして、ロバート・ジョンソンからB・B・キングまでの南部のブルースマンの音楽をむさぼるように聴いてギターを学んだ。
 1960年代前半にリトル・リチャードLittle Richard(1932― )、アイズレー・ブラザーズ、キング・カーティスKing Curtis(1934―1971)などのリズム・アンド・ブルース・アーティストの伴奏バンドでギタリストとして働いた後、1964年にニューヨークに移住して自分のバンドで活動を始めた。クラブで演奏していたところ、アニマルズのベース奏者だったチャス・チャンドラーChas Chandler(1938―1996)に認められ、イギリスへ渡るように誘われる。1966年移住したロンドンで、彼はチャンドラーをマネジャーに迎え、ドラマーのミッチ・ミッチェルMitch Mitchell(1947―2008)、ベーシストのノエル・レディングNoel Redding(1945―2003)とジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスを結成した。
 ロンドンで演奏活動を始めると、ヘンドリックスは文字どおり一晩で時の人になった。フィードバック奏法(アンプの音をギターのピックアップに共鳴させて音を伸ばし続ける奏法)、ディストーション(音を電気的に歪ませる装置)やファズ(音を電気的に変化させ、汚い音色を出す装置)、ワウワウ・ペダル(ペダルを踏むと文字通り音がワウワウと変化する装置)などのエフェクター、そしてトレモロ・アーム(アームを上下させることで、弦の張力を変化させ、音程を変化させるギターの機能)の巧みな操作などを見事に使いこなす演奏には、当時ギター・ヒーローとよばれていた人たちもただ度肝を抜かれるだけだった。エリック・クラプトンとピート・タウンゼンドPete Townshend(1945― )はその年のヘンドリックスのクラブ出演すべてに通い詰めたといわれている。
 1967年にデビュー・アルバム『アー・ユー・エクスペリエンスト?』を発表すると、「ヘイ・ジョー」「パープル・ヘイズ」「ザ・ウィンド・クライズ・メアリー」とシングルが3曲連続で全英ヒット・チャート・トップ10入りし、ヘンドリックスはたちまちスターの座につく。そして、ギターを背中に回して弾いたり、歯で弾いたりといった舞台での熱狂的な動作、曲芸的奏法や、ギターやアンプに対するセックスを連想させるような動作で聴衆を熱狂させた。それがエスカレートして舞台上でギターを燃やしたのが、同年サンフランシスコにほど近いリゾート地モンタレーで行われたモンタレー・ポップ・フェスティバルへの出演時のことであり、ドキュメンタリー映画にも収められたそのワイルドなパフォーマンスによって一躍本国アメリカでも人気を獲得した。
 1968年のアルバム『アクシス:ボールド・アズ・ラヴ』『エレクトリック・レディランド』も大ヒットし、押しも押されもせぬスーパースターになったヘンドリックスは新しいサウンドを模索し、ニューヨークに自分のスタジオ、エレクトリック・レディランドをつくり、ジョン・マクラフリンJohn Mclaughlin(1942― )やラリー・コリエルLarry Coryell (1943― )といったジャズ・ギタリストを含むさまざまなミュージシャンとジャム・セッションを重ねた。その一方で、白人聴衆から絶大な人気を得た最初の黒人ロック・スターとなったヘンドリックスは、黒人社会との連帯を求める黒人急進派からの政治的プレッシャーに苦しめられていた。
 1969年にエクスペリエンスを解散し、バディ・マイルズBuddy Miles(1947―2008、ドラム)とビリー・コックスBilly Cox(1941― 、ベース)という黒人ミュージシャン2人とバンド・オブ・ジプシーを結成し、よりファンキーなサウンドを目指すが、1970年、ロンドンで麻薬の過剰摂取によって死亡する。まだ27歳の若さだった。
 死後にさまざまな録音を収めたアルバムが粗製濫造されたが、1995年に父親のアル・ヘンドリックスAl Hendrix(1919―2002)が息子の残した音源を管理できる権利を取得。以後は遺族が設立した会社で管理されている。[五十嵐正]
『ハリー・シャピロ、シーザー・グレビーク著、岡山徹訳 『ジミ・ヘンドリックス――エレクトリック・ジプシー』上下(1996・大栄出版)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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