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ペリ ペリ Pelli, Cesar

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ペリ
ペリ
Pelli, Cesar

[生]1926.10.12. トゥクマン
アルゼンチン生まれのアメリカの建築家。アルゼンチン国立トゥクマン大学で建築を学び,1949年卒業。 1952年に渡米し,1954年イリノイ大学大学院を卒業,1964年帰化。 E.サーリネン事務所などを経て,1977年ニューへーブンに事務所を設立。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ペリ Péri, Noël

1865-1922 フランスの宣教師,日本研究家。
1865年8月22日生まれ。明治22年(1889)パリ外国宣教会宣教師として来日。布教のかたわら東京音楽学校で和声学,作曲法をおしえる。のち宣教会をはなれ,能など日本文化の研究に専念した。39年日本をさり,ハノイ極東フランス学院研究員。1922年6月25日死去。56歳。パリ大卒。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ペリ
ぺり
Cesar Pelli
(1926― )

アルゼンチン生まれでアメリカを拠点に活動する建築家。トゥクマンに生まれる。1949年トゥクマン国立大学建築学科卒業。52年に渡米し54年イリノイ大学で建築学修士号取得。同年エーロ・サーリネン事務所に入社。64年からDMJM事務所で設計部長を務め、66年副社長に就任。68年グルーエン・アソシエイツのパートナーとなる。72年と74年にエール大学建築学科客員教授、75年カリフォルニア大学ロサンゼルス校建築科客員教授、77年エール大学建築学部長。同年コネティカット州ニュー・ヘブンでシーザー・ペリ・アンド・アソシエイツを設立。
 ペリは自身のことをプラグマティスト(実用主義者)とよび、論文「第三の世代の建築家たち」Third Generation Architects(1971)で近代主義の規範からの解放を唱えた。同論文では近代建築の体系をつくったル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエ、メンデルゾーンらを第一世代、これを受け継ぎ展開させてきたサーリネン、丹下健三、ポール・ルドルフ、フィリップ・ジョンソン、ルイス・カーンらを第二世代とし、自らの世代を第三世代とよんだ。第一、第二世代にあった自己の独創性のみを尊重する姿勢を拒否し、それまでの知的成果を社会の共有物とする建築家として自己規定した。こうしたペリの思想の背景には64年までその下で働いていたサーリネンの存在が大きい。サーリネンの建築において、TWAエア・ターミナル(1962、ニューヨーク)は空飛ぶ鳥、農機具会社のディア・カンパニー本社(1963、イリノイ州)は錆(さ)びた農具のイメージといったように、建物ごとにまったく違ったデザインのスタイルがあった。ペリはサーリネンから学んだことを次のように述べている。「私たちが彼から学んだのは形態のプロセスではない。私たちは考え方を、プロセスを、建築に対する敬意を、建築に対する愛情を学びとった」。実験的で詩的な彫刻というべきサーリネンの個性豊かな表現ではなく、そこで学んだ技術的解決や方法論を基本として、その応用を展開することがペリのスタンスである。
 1960~70年代の作品には、サン・バーナーディーノ市庁舎(1969、カリフォルニア州)、アメリカ大使館(1972、東京)、パシフィック・デザイン・センター(1975、ロサンゼルス)など、ガラスとスチール・マリオン(垂直の窓枠)を多用したカーテンウォールによる作品が多い。自身の事務所における80年代以降の仕事としてはMoMA(ニューヨーク近代美術館)の増改築(1984)があげられる。その後のプロジェクトにおいては高層建築が中心となったこともあり、20世紀前半に多くつくられたスカイスクレーパー(摩天楼)のスタイルを彷彿させる垂直性の強い表現が多くみられる。ピラミッド状の頂部をもつニューヨークのワールド・ファイナンシャル・センター(1987)は、デザイン面から頂部をセットバック(上部を段状に後退させること)させ、古典的な塔に対するガラスでつくられたオマージュのようである。テキサス州ヒューストンのランドマークである住居タワー群、フォー・オークス・アンド・フォー・リーフ・タワーズ(1982)も同様で、ここでペリがデザインしているのはカーテンウォールのディテールと、エントランス、アトリウム(吹き抜け空間のある中庭)まわりのみで、実用主義的な建築を実現させた。90年代にはアジアでのプロジェクトも増え、日本でもNTT新宿本社ビル(1995、東京)、シーホークホテル&リゾート(1995、福岡)などを完成させた。またマレーシアの452メートルあるペトロナス・ツイン・タワー(1997、クアラ・ルンプール)は2006年現在台北101(台北国際金融センタービル)(2004)に次ぐ高さをほこる超高層ビルディングである。
 アメリカ建築学会特別会員、アメリカ文芸アカデミー会員。アメリカ建築家協会会社賞(1989)、アメリカ建築家協会ゴールド・メダル(1995)のほか、100以上の受賞歴がある。そのほかのおもな作品には、ビジュアル・アーツ・センター(1983、オハイオ州)、クリーブランド・クリニック・ビルディング(1984)、ライス大学へリング・ホール(1984、ヒューストン)、ハートフォード大学学生宿舎・コミュニティ・ビル(1985、コネティカット州)、カーネギー・ホール・タワー(1991、ニューヨーク)、ワシントン・ナショナル空港北ターミナル(1996)などがある。[日埜直彦]
『『秀逸建築家シリーズ10選 シーザー・ペリ』(1996・シグマユニオン) ▽ジョン・パスティエ著、山田弘康訳『現代建築家シリーズ シーザー・ペリ』(1982・グラフィック社) ▽隈研吾著『グッドバイ・ポストモダン――11人のアメリカ建築家』(1989・鹿島出版会) ▽「特集シーザー・ペリ」(『a+u』1971年3月号・エー・アンド・ユー) ▽「特集シーザー・ペリ」(『a+u』1976年11月号・エー・アンド・ユー) ▽「特集シーザー・ペリ」(『a+u』1985年7月号・エー・アンド・ユー)』

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