ペーボ(読み)ぺーぼ(その他表記)Svante Pääbo

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ペーボ」の意味・わかりやすい解説

ペーボ
Pääbo, Svante

[生]1955.4.20. ストックホルム
スバンテ・ペーボ。スウェーデンの進化遺伝学者。化石中のデオキシリボ核酸 DNA研究のパイオニアとして,ネアンデルタール人ゲノム解読した。また未知の人類のデニソワ人を発見した。絶滅したヒト科のゲノムと進化とのかかわりを示す画期的な研究により,2022年にノーベル生理学・医学賞(→ノーベル賞)を受賞した。
母は化学者,父は 1982年にノーベル生理学・医学賞を受賞した生化学者スネ・K.ベルクストローム。1975年にウプサラ大学に入学し人文科学,のちに医学を学ぶ。同大学院で感染性アデノウイルスのつくりだす E19蛋白質がどのように免疫系を改変するかを研究し,1986年に博士号を取得。博士研究員としてチューリヒ大学の分子生物学研究所,カリフォルニア大学バークリー校の生化学科で学ぶ。その後,ミュンヘン大学の生物学教授を務め,1997年にはライプチヒマックス・プランク進化人類学研究所の所長に就任。沖縄科学技術大学院大学の教授陣にも加わった。
研究を始めた頃にはすでに,古代人の人骨から DNAを抽出することに興味をもち,エジプトミイラの組織片から DNA配列を見出せることを明らかにした。DNAの抽出と複製の技術を開発したのち,かつてニュージーランドに生息していた絶滅種モアとオーストラリアのエミューの関係が,モアとキーウィのそれよりも近いことを標本から示した。その後,ミトコンドリアDNAmtDNA)からネアンデルタール人 H. neanderthalensisのゲノムの一部の配列を決定,ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は 50万年より前に分岐した別個の種であることを明らかにした。さらに,ネアンデルタール人の全ゲノム配列を解読し,現代のヨーロッパ系およびアジア系の人々のゲノムとネアンデルタール人のゲノムに最大 4%の重複があることを示し,この二つの種が交雑したという説を裏づけた。また,ロシアのデニソワ洞窟で発見された 4万年前の指の骨から採取した mtDNAの配列も解析し,この未知の人類デニソワ人が,現生人類やネアンデルタール人と同時に存在していたことを明らかにした。さらに三つの種は互いに交雑し,現代の東南アジア人とメラネシア人は,最大 6%の DNAをデニソワ人と共有していることを解明した。ペーボの研究は,絶滅した種の遺骨と現生人類のゲノムを用いて,種や個体群が時間の経過とともにどのように進化したかを再構築する,パレオゲノミクス paleogenomics(古代ゲノム学)の確立に貢献した。
2013年グルーバー財団遺伝学賞,2016年生命科学におけるブレークスルー賞,2019年リンネ協会のダーウィン=ウォレス・メダル。2000年スウェーデン王立科学アカデミー会員,また 2004年に全米科学アカデミー,2011年にはアメリカ芸術科学アカデミーの外国人会員に選定された。2007年には『タイム』誌の「世界で最も影響力のある 100人」の一人に選ばれた。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ペーボ」の意味・わかりやすい解説

ペーボ
ぺーぼ
Svante Pääbo
(1955― )

スウェーデンの遺伝学者。ストックホルム生まれ。1975年ウプサラ大学人文学部入学、2年後に同大学医学部でも学ぶ。1981年に卒業後、同大学大学院細胞研究科に進み、アデノウイルスがつくりだすタンパク質(E19)の免疫作用について研究し、1986年に医学博士号を取得した。同年スイスのチューリヒ大学分子生物学研究所で博士研究員として勤務、1987年からカリフォルニア大学バークリー校生化学科に移り、1990年、ドイツのミュンヘン大学生物学科教授に就任した。1997年ドイツ・ライプツィヒのマックス・プランク研究所に進化人類学研究所を新設し、自ら所長を務める。1999年ライプツィヒ大学遺伝学・進化生物学の名誉教授、2020年(令和2)から沖縄科学技術大学院大学教授も兼任する。

 研究当初は絶滅した古代人の骨に残るDNAを、いかに精密に集めて解析するかに腐心した。古代人の骨のDNAは劣化がひどく、作業する際、人間の汗などのDNAが混入するので抽出がむずかしかったが、試行錯誤を重ねて解析技術を確立した。1990年ごろ、まず取り組んだのが、ドイツでみつかった旧人ネアンデルタール人のミトコンドリアDNAの解析である。40万年前にはヨーロッパ、西アジアに分布していたネアンデルタール人は約3万年前に絶滅した。細胞内の数が多く、短いミトコンドリアDNA(約1万6000塩基対)の全配列を、当時開発されたPCR法を活用して決定。これを現生人類(ホモ・サピエンス)と比較したが、ほとんど共通点はなく、ネアンデルタール人は人類の祖先ではないと1997年に発表した。しかし、ミトコンドリアだけでは、現生人類の進化解明に不十分だとして、核DNAの配列解読に取り組んだ。大量の核DNA断片をジグソーパズルのように組み合わせるきわめて困難な作業も、「次世代シークエンサー」という新技術の登場で解読を成功させた。この配列とアフリカ人を除く各地の現生人類とを比較すると、核DNA全体の1~4%で共通点があることがわかった。これはネアンデルタール人と現生人類がともに暮らし、交雑していたことを示すもので、2010年にその研究成果を発表した。ほかにも、ロシア・シベリアのデニソワ洞窟でみつかった骨の核DNAを解析し、未知の古代人であることを2010年に公表。「デニソワ人」と命名した。このデニソワ人の核DNAの配列を現生人類と比較すると、東南アジアやメラネシアの人々に近く、核DNA全体の4~6%が共通していることを確認した。

 ペーボが切り開いたのは「古代ゲノム学」とよばれる学問領域で、現生人類がどこからきて、どう進化したかを知る手がかりとなっている。

 2013年グルーバー賞(遺伝学部門)、2016年(平成28)生命科学ブレークスルー賞、慶応医学賞、2019年ダーウィン‐ウォレス・メダル、2020年日本国際賞、2021年マスリー賞を受賞。2000年スウェーデン王立科学アカデミー会員、2004年アメリカ科学アカデミー外国人会員に選出され、2022年、「絶滅した古代人類のゲノムと人類進化に関する発見」でノーベル医学生理学賞を受賞した。人類進化学分野でノーベル賞を受賞するのは初めてである。生化学者の父スネ・ベルイストロームは、1982年に同じくノーベル医学生理学賞を受賞している。

[玉村 治 2023年2月16日]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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