DNA(読み)でぃーえぬえー

日本大百科全書(ニッポニカ) 「DNA」の意味・わかりやすい解説

DNA
でぃーえぬえー

デオキシリボ核酸の通称。デオキシリボ核酸の英語表記DeoxyriboNucleic Acidの頭文字を並べてDNAとした。

定義

2-デオキシリボヌクレオチド(2'deoxyribonucleotide)が、3'-5'間のフォスフォジエステル結合で、直鎖状に重合した高分子化合物。核酸には、DNAとRNA(リボ核酸RiboNucleic Acid)とが含まれる。核酸は、タンパク質、糖質、脂質などとともに生物体を構成している高分子化合物の一つである。ほとんどすべての生物の遺伝子は、DNAでつくられているが、ウイルスのなかにはRNAを遺伝子としているものが若干存在する。

[菊池韶彦]

DNAの発見

1860年代の後半、スイスのバーゼルに在任していた有機化学者ミーシャーFriedrich Miescher(1844―1895)は、細胞核内にある化合物を重要と考え、病院から、膿(うみ)で汚れたガーゼや包帯を集め、白血球(とくに核が大きい)の死骸である膿から、新しい強酸性の化合物を発見し、これにヌクレインnucleinと名前をつけ、1867年に発表した。ヌクレインは、C(炭素)、H(水素)、N(窒素)、O(酸素)の元素を含むほかに大量のP(リン)を含んでいた。同様の物質はサケ(マス)の精巣(精子もまた核の占める割合が大きい)からも検出することができた。サケは、ライン川を遡(さかのぼ)ってくる間に、筋肉が減り、精子が増えていることから、ミーシャーは筋肉のタンパク質が変化したものと考え、おそらく核にある特有のタンパク質を意図して「Nuclein」と名づけたと考えられる。1889年に、ドイツの有機化学者アルトマンRichard Altmann(1852―1900)は、これはタンパク質とは異なる新奇な高分子化合物だとし、新たに「核酸Nucleic Acid」と命名し直した。

[菊池韶彦]

DNAの構成成分

ほかの生体高分子化合物(タンパク質、糖質、脂質など)に比べて、核酸の構成成分はきわめて単純であり、4種の2'-デオキシリボヌクレオチドすなわち、アデニル酸グアニル酸シチジル酸チミジル酸が重合したものである。4種の2'-デオキシリボヌクレオチドは、リン酸基1分子と2'-デオキシリボースにそれぞれ異なる塩基、アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)のいずれかが1分子ついている。DNAは2'-デオキシリボースの3'-OHと5'-OH間がリン酸によりフォスフォジエステル結合で直鎖状に重合している。アデニンとグアニンはプリン環をもつ塩基であり、シトシンとチミンはピリミジン環をもつ塩基である。こうした構成の単純さから、生物学的な機能の解析は遅れ、単に核内のタンパク質の支持体と考えられていた。とくに、P・A・T・レビン(フェーブス・レビーン)が1912年に発表した四つのヌクレオチドを単位とした構造、テトラヌクレオチドTetranucleotide仮説が有力となり、生物学的な機能の研究は遅れることになった。

[菊池韶彦]

DNAは遺伝子である

1928年にグリフィスFrederick Griffith(1879―1941)は連鎖状球菌(肺炎双球菌)の形質(遺伝的な性質)を変えることのできる物質があることを発見し、これを形質転換物質transforming principleとよんだ。1944年にO・T・エーブリー(アベリー)、マクラウドColin Munro MacLeod(1909―1972)、マッカーティーMaclyn MacCarty(1911―2005)の3人により、細菌に精製したDNAを直接混ぜると、細菌の形質が変わること、さらにこの形質転換の活性は、タンパク分解酵素によっては影響されず、DNA分解酵素で処理すると、完全に失われることから、形質転換を行っている物質はDNAであろうと示唆された。しかし、当時この発見も広くは受け入れられずに、最終的に遺伝子はDNAであるということが一般的に認められるようになったのは、1952年に発表されたA・D・ハーシェイとM・チェイスによる実験である。彼らは、遺伝子がDNAかタンパク質かという議論に決着をつけるために、大腸菌に感染するT2バクテリオファージ(ウイルスの一種、T2ファージと略称する)を使用した。T2ファージは、タンパク質とDNAのみから構成されており、大腸菌に感染させると、十数分のうちに100倍にも増殖し、子どものファージをつくる。このファージのタンパク質を放射性同位元素S35、DNAをP32で標識し、大腸菌に感染後それぞれの標識された化合物がどうなるかを測定した。ファージが吸着した直後の大腸菌をミキサーにかけたのち、遠心分離器で大腸菌を集めると、S35の標識の80%は大腸菌とは共存せず、逆にP32の80%は大腸菌にとどまっており、この集めた菌体を新しい培地で培養すると子どものT2ファージが生産され、そこには30%のP32が回収され、S35は1%以下であった。この結果から、ファージをつくるための遺伝子はDNAであろうと推論した。この実験から、子どものファージをつくっている遺伝情報はタンパク質ではなくDNAにあるという考え方が広まるようになった。

[菊池韶彦]

DNAの高次構造

DNAが遺伝子であることを示すには、どのようにコピー(複製)がつくられるかということを示す必要がある。1951年にL・C・ポーリングはX線結晶解析の結果をもとにタンパク質の基本的な構造として、α(アルファ)-へリックスを提案し、これにより、タンパク質の機能が理解できることを示した。おそらくDNAも遺伝物質としての機能のためには何らかの高次構造がかかわるものと考え、J・D・ワトソンとF・H・C・クリック、それにDNAのX線結晶解析を進めていたM・H・F・ウィルキンズ(とR・E・フランクリン)により、1953年にDNAの二重螺旋モデル(にじゅうらせんもでる)が発表された。このモデルは、X線結晶解析から、(1)DNAの構造には周期性のある螺旋構造がある、(2)螺旋の直径は2ナノメートル(20オングストローム)で長軸方向に互いに逆向きになる2本の螺旋が並行している、(3)塩基は0.34ナノメートル(3.4オングストローム)の間隔にある、(4)螺旋の周期は3.4ナノメートル(34オングストローム)で塩基10個に相当する、と推定した。また、DNAの化学的性質から、リン酸基は分子の外側にあり、2本の螺旋は塩基間の水素結合により安定に維持されていると考えられた。螺旋の直径が2ナノメートルになることから、ピリミジンとプリンを組み合わせるとこの大きさになり、AとT、GとCの相補的な塩基対により最適な水素結合がつくられることが示された。ちなみに、E・シャルガフはさまざまなDNAの塩基組成を解析し、その結果からDNAのアデニン(A)とチミン(T)、グアニン(G)とシトシン(C)の量はほぼ等しいとする「シャルガフの通則」を提唱していたが、二重螺旋モデルは「シャルガフの通則」をも説明していた。

 遺伝子としての、コピーされるためのもっとも基本的な方法も、このDNAの二重螺旋モデルで説明される。2本の螺旋が二つに分かれ、それぞれに対して相補的な塩基対をつくってDNA合成が起これば、もとのDNAとまったく同一のものがつくられることになるからである。この複製機構が正しいことは、1958年にメセルソンMatthew Stanley Meselson(1930― )とスタールFranklin William Stahl(1929― )による実験で証明され、半保存的なDNA複製のモデルが提案された。

[菊池韶彦]

DNAの複製

DNAが遺伝子としての役割を果たすためには、正確にコピー(複製)されなければならない。1956年にA・コーンバーグは大腸菌の抽出液から、DNAを鋳型として同じ配列をもったDNA複製をする酵素DNAポリメラーゼを精製した。この酵素は、(1)DNAを鋳型として相補性をもったDNA鎖を合成する、(2)4種の2-デオキシリボヌクレオシド三リン酸(dATP、dGTP、dCTP、TTP)を基質とし、ピロリン酸を遊離する、(3)ATPとMg2+が必須である、(4)DNA合成開始には3'-OHをもったプライマーprimer(最初のヌクレオチド合成が起こるために3'-OHを提供する短いヌクレオチド)が必要である、(5)合成の方向は5'から3'の方向にしか起こらない、という特徴をもっていた。このことから、1967年(昭和42)には分子生物学者の岡崎令治(おかざきれいじ)(1930―1975)らは、DNA複製は不連続にしか起こらず、複製中間体として岡崎フラグメント(岡崎令治が発見したDNA断片)を経由するというモデルを発表した。さらに1975年に岡崎令治らは、プライマーは短いRNAであることを発見した。なお、ウイルスやバクテリオファージのDNA複製では、DNA複製のプライマーとしてはタンパク質中のアミノ酸にあるヒドロキシ基が使われることもある。

[菊池韶彦]

DNAの転写

遺伝子であるDNAは、遺伝情報を子孫に伝えるだけでなく、自分自身の細胞を構成するすべてのRNAとタンパク質をつくりだす使命を担っている。とくにF・ジャコブとJ・L・モノーは、1960年に発表したオペロン説(遺伝子が発現してタンパク質の合成が調節される仕組みを統一的に示した)の当然の帰結として、タンパク質の合成にはDNAの情報をコピー(複製)した寿命の短いRNAが中間体として存在することを予測し、この中間体をメッセンジャーRNA(mRNA)と命名した。こうしてDNAの遺伝情報は、DNAからRNAに転写され、タンパク質に翻訳されるというセントラルドグマcentral dogmaがクリックにより提唱された。

[菊池韶彦]

核内でのDNAの状態

細胞内のDNAの大きさは、生物種によってさまざまであるが、独立して生活をしている最小のマイコプラズマでも、そのDNAは5.8×107塩基対もある。これは、ワトソン-クリックによるB型のDNAの長さは直鎖状として20ミリメートルになり、菌体がせいぜい1マイクロメートル程度であることから考えると、非常に長い。

 一方、真核生物では、ヒトの場合、3×109塩基対で、全部つなぎ合わせると約1メートルに達する。核の大きさはせいぜい10マイクロメートルで、DNAはこのなかに23本の染色体に分かれそれぞれが2本ずつ23対詰め込まれている。その長さを小さくまとめるため、DNAは非常に規則正しく折りたたまれている。もっとも基本的な最小単位はヌクレオソームで、これは4種のヒストン(H2A、H2B、H3、H4)が、それぞれ二つずつ8量体となり、それに200塩基対のDNAが2巻きに巻きついている。ヌクレオソームは、さらにコイル状に折りたたまれ、染色体を構成している。細胞分裂期になると、染色体の凝縮の度合いはさらに増し、顕微鏡下で特徴的な形態が観察できる分裂中期染色体metaphase chromosomeとなり、それぞれ二つの娘細胞に分配される。

[菊池韶彦]

DNAトポロジー

ワトソンとクリックが示したDNAの構造はB型とよばれる構造で、ほかにもA型という若干異なる右巻きの螺旋構造の存在も明らかにされている。このA型の構造は、RNAが二重螺旋をつくるときにとる典型的な構造である。1979年にリッチAlexander Rich(1924―2015)らは、DNAが左巻きの構造をとる可能性に注目した。この構造はZ型とよばれているが、細胞内での存在や、その役割は明らかにされていない。

 多くの原核生物(細菌、古細菌)の染色体DNAやプラスミド、ウイルスのDNAは直鎖状ではなく、その両端が共有結合をした環状構造をとっている。1963年にワイルRoger WeilとアメリカのビノグラドJerome Vinograd(1913―1976)が細胞から抽出したポリオーマウイルスのDNAは環状で、DNAの二重螺旋がさらに螺旋構造をとった超螺旋構造をしていることを示唆した。1971年にはワンJames C. Wang(1936― )により超螺旋構造を解消するDNAトポアイソメレース(DNAtopoisomerase)、1976年にはゲラートMartin Gellert(1929― )により、超螺旋を導入するDNAジャイレース(DNAgyrase)が発見された。これらの酵素は、真核生物、原核生物を問わず、広く分布しており、DNAのコピー(複製)、転写に際しては必須であるため、これを標的とした抗菌剤や抗癌剤(こうがんざい)が開発されている。

[菊池韶彦]

DNAによる遺伝子の改変

DNAは遺伝子の本体であることから、細胞に直接DNAを加えることにより、遺伝情報を変える試みが多くなされてきた。DNAによる連鎖状球菌の形質転換法の発見以来、さまざまな細胞に若干の処理を施して(たとえば、細胞膜の透過性を高めたり、直接穴をあけたりする)DNAを取り込ませて、細胞の遺伝情報を変える操作(遺伝子工学)が可能になっている。しかし、通常の食事の一部としてDNAを摂取しても、DNAが個体に取り込まれて、遺伝情報にかかわるという報告はない。

 核酸は生物にとって重要な成分であるが、ほかの栄養素、タンパク質、糖質、脂質のように、食料として摂取しなければならないことはない。生物にとっては、核酸は生命の維持にとって重要だからこそ、ほかの栄養素(アミノ酸や糖)から核酸の構成成分を自ら合成できるようになっており、核酸欠乏症はきわめて稀(まれ)である。ましてや、核酸を食事として摂取したからといって健康状態や能力が改善することは考えられず、逆に、多量の核酸を摂取すると、その成分であるプリンの分解産物として尿酸が体内に蓄積して痛風(つうふう)の原因となることも指摘されている。

[菊池韶彦]

『菊池韶彦著『DNAの冒険――二重らせんから超らせんへ』(1993・岩波書店)』『大島泰郎他編、今本文男著『未来の生物科学シリーズ35 DNAはどのように折れ畳まれて働くか』(1996・共立出版)』『C・R・カラダイン、ホレース・R・ドゥルー著、ワット富士子・西村善文訳『なぜ遺伝子はらせんを巻くのか――DNAの立体構造と機能』(1996・共立出版)』『渡辺政隆著『DNAの謎に挑む――遺伝子探求の一世紀』(1998・朝日新聞社)』『ニコラス・ウェイド編、中村桂子監修、翻訳工房ことだま訳『DNAのらせんはなぜ絡まらないのか』(2000・翔泳社)』『ショーン・B・キャロル、ジェニファー・K・グルニエ著、上野直人・野地澄晴監訳『DNAから解き明かされる形づくりと進化の不思議』(2003・羊土社)』『フィリップ・R・レイリー著、高野利也訳『リンカーンのDNAと遺伝学の冒険』1~2(2003・岩波書店)』『石井信一著『DNAとタンパク質――生物の特異性を決める分子たち』(2006・裳華房)』『J・D・ワトソン他著、中村桂子他訳『遺伝子の分子生物学』第5版(2006・東京電機大学出版局)』『B・ルーウィン著、菊池韶彦他訳『エッセンシャル遺伝子』(2007・東京化学同人)』『ジェームズ・D・ワトソン他著、松橋通生・山田正夫・兵頭昌雄・鮎沢大監訳『ワトソン組換えDNAの分子生物学――遺伝子とゲノム』第3版(2009・丸善)』『L・ハートウェル他著、菊池韶彦監訳『ハートウェル遺伝学』第3版(2010・MEDSI)』『柳田充弘著『DNA学のすすめ――躍動する生命の二重らせん』』『宮田隆著『分子進化学への招待――DNAに秘められた生物の歴史』』『工藤光子・中村桂子著『DVD&図解 見てわかるDNAのしくみ』(以上講談社ブルーバックス)』『三浦謹一郎著『DNAと遺伝情報』(岩波新書)』『木村陽二郎著『原典による生命科学入門』(講談社学術文庫)』『J・D・ワトソン著、江上不二夫・中村桂子訳『二重らせん』(講談社文庫)』


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DNA
ディーエヌエー

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