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南アフリカ共和国中北部、ケープ州北端にあった町。人口6775(1980)。バラロング人の中心地で、町名は「多くの石のある所」の意である。1884年、C・ウォレン指揮下のイギリス軍が占領し、隣国のイギリス保護領ベチュアナランド(現ボツワナ)を支配するための行政府が置かれた。この町が世界的に有名になったのは、第二次ブーア戦争のときイギリス軍のベイデン・パウェル将軍が、ブーア軍の包囲に対して長期間守り抜いた地であることによる。1980年、黒人自治区のボプタツワナに移譲され、94年まで自治区に属した。アパルトヘイトの全廃後はノースウエスト州に属する。高地のため農業生産には適さず、牧畜、酪農が盛んである。
[林 晃史]
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