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マフェキング Mafeking

百科事典マイペディアの解説

マフェキング

南ア共和国北部,ノースウェスト州北端のボツワナとの国境に近い都市。標高1280mの高原にあり,牧畜の中心地。鉄道修理,セメント工場などがある。1885年英国により創建。ボーア戦争中,1899年10月から1900年5月英国軍がボーア人の包囲に耐えた地として有名。

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世界大百科事典 第2版の解説

マフェキング【Mafeking】

南アフリカ共和国中北部,ノース・ウェスト州の州都。人口6500(1970)。ボツワナ共和国との国境に近く,南アがイギリス連邦を脱退する1961年まで,その領域外に位置するにもかかわらず,イギリスの保護領であったボツワナの主都であった。周辺で産する牧牛や酪農製品の集散地で,南アとボツワナを結ぶ鉄道,道路の要衝である。1885年イギリス人の入植地として開拓され,1899‐1902年のボーア戦争の際,イギリス軍がボーア軍に包囲されて7ヵ月籠城したことで知られ,その城塞は史蹟となっている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マフェキング
まふぇきんぐ
Mafeking

南アフリカ共和国中北部、ケープ州北端にあった町。人口6775(1980)。バラロング人の中心地で、町名は「多くの石のある所」の意である。1884年、C・ウォレン指揮下のイギリス軍が占領し、隣国のイギリス保護領ベチュアナランド(現ボツワナ)を支配するための行政府が置かれた。この町が世界的に有名になったのは、第二次ブーア戦争のときイギリス軍のベイデン・パウェル将軍が、ブーア軍の包囲に対して長期間守り抜いた地であることによる。1980年、黒人自治区のボプタツワナに移譲され、94年まで自治区に属した。アパルトヘイトの全廃後はノースウエスト州に属する。高地のため農業生産には適さず、牧畜、酪農が盛んである。[林 晃史]

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