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マンファルーティー マンファルーティーal-Manfalūtī, Mustafā Lutfī

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マンファルーティー
al-Manfalūtī, Mustafā Lutfī

[生]1876. マンファルート
[没]1924. カイロ
エジプトの文筆家。下エジプトの生れ。父はアラブ人だが,母はトルコ系。カイロに出て,10年あまりアズハル大学で学び,この間アブドゥフの教えを受け,新しい思想に目を開かせられた。またこの師からサアド・ザグルールに紹介され,その知遇を受けた。 1907年から新聞『ムアイヤド』 al-Mu'ayyadに毎週エッセーを執筆,これらは 25~26年に『ナザラート (感想) 』 al-Naẓarātと題する3巻の書にまとめられ,カイロで公刊された。これによって第1級の文士としての名声を確立。これらエッセーの内容は,彼の人生や社会に対する考え方その他,多方面にわたった。彼はアラビア語古典に深い造詣をもち,押韻の技巧的文章をも自由に駆使することができたが,また翻訳を通してフランスその他の西欧の文学にも通じ,きわめてわかりやすい平明な文章をも綴った。この点,新旧2つの時代にまたがる変革期の文人という批評を受けている。数人の子を幼少のうちに失うというような寂しい生涯のせいもあって,その文章には厭世的気分のこもったものが多かったが,流麗自在な文章の魅力は多くの読者をひきつけた。 15年には短い物語を集めた『アバラート (涙) 』 al-`Abarātを刊行。さらに主としてフランスの文学作品をいくつも翻案,ベルナルダン・ド・サン=ピエールの『ポールとビルジニー』,F.コペの『王位のために』,A.カールの『菩提樹下で』,E.ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』その他がある。彼はフランス語を解さなかったので,だれかの援助があったのであろうが,文章の妙と相まって多くの読者を得た。

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