例えば,AがBから絵画を買い受けたが,実はこの絵画の所有者はBではなくCで,BはCから一時預かっていたにすぎないのに,Aに対しては自分が所有者だと言って売ったような場合,Aは所有者でない者から買い受けたにすぎないので,有効に絵画の所有権を取得できないはずである。しかし,AがBを所有者だと信ずるのがもっともであるといえるような事情のあるときには,Bを信頼して絵画を預けたCよりもAを保護して取引の安全を図ることが必要となる。民法192条は,時計とか絵画のような動産取引については,無権利者Bを所有者と信じ,そう信ずるについて過失もみられない場合にAは所有権を取得しうるものとした(〈平穏且公然ニ動産ノ占有ヲ始メタル者カ善意ニシテ且過失ナキトキハ即時ニ其動産ノ上ニ行使スル権利ヲ取得ス〉)。この制度を即時取得という。CがBに預けた場合だけでなく,例えばBがCからテレビを月賦で買ったが,代金完済まで所有権はCに留保するとされていたにもかかわらず,このことを隠して,代金を支払済みであるかのようにAに見せかけてAに売ったような場合にも,Aは即時取得によって所有権を取得しうる。ゲルマン法のHand muss Hand wahrenの原則(もとの権利者が信頼して物を渡した相手方にのみ返還を求めることができるが,第三者のところまでは追求できないという考え方)に由来するといわれているが,近代社会では取引安全のための制度だとされている。
即時取得は善意(Bが無権利者であることをAが知らないこと)で取引した者を保護する制度なので,善意取得とも呼ばれるが,フランスで即時時効と呼ばれたこともあるという沿革的理由や手形法等にみられる他の善意取得規定と区別する趣旨で,民法上のものを一般に即時取得と呼んでいる。手形,小切手,株券,貨物引換証その他の有価証券については,取引が動産よりももっと頻繁に行われるので,取引の安全保護がいっそう図られている(手形法16条2項,77条1項,小切手法21条,商法229条,同519条)。
民法192条による動産取引における即時取得は,善意者(先に述べた例でA)には,善意でかつ過失がなかったことが必要であり,しかも動産が盗品または遺失物である場合には即時取得が一定の範囲で制限されている。すなわち前記の例でBが絵画をCから預かったのではなく,Cから盗まれたり,あるいはCが落としたりしたのであったときには,CはAに対して盗難または遺失のときから2年間はAに対して返還を請求することができる(193条。なお,194条参照)。これに対して手形,小切手その他の有価証券の取引では,前主Bが権利者でないことを知っていたか(悪意と呼んでいる),知らなかったことにつき重大な過失があった場合にのみAの善意取得が排除され,盗難,遺失の場合にも善意取得は制限されない。
土地建物などの不動産の取引については,動産取引における即時取得のような制度は設けられなかったので,無効な登記によって所有者であると信頼して取引しても保護されない。もっとも,本来の所有者Cが他人Bに登記名義を預けるなどしたために第三者Aがその登記簿上の所有者Bを所有者と信じて取引したような場合に,民法94条2項(虚偽表示の無効は善意の第三者に対抗できない)を類推適用してAを保護しうる場合のあることが,最高裁の判例によっても認められている。
→公信の原則
執筆者:伊藤 高義
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処分の権限のない動産の占有者を権利者であると誤信して、その者と取引をした相手方が、その動産について所有権や質権を取得する制度(民法192条~194条)。善意取得ともいう。たとえば、借り主として時計を占有しているにすぎない者を所有者だと思ってその時計を買った者は、時計の所有者になる。本来なら処分の権限のない者との取引ではその物についての権利を取得できないのだが、動産取引の安全を図るために認められた制度である。もっとも、取引の目的物が盗品や遺失物であった場合には、とくに真実の所有者を保護する必要があるため、真実の所有者は2年間は盗品・遺失物の買い主から無償で返還してもらうことができる。不動産の取引には即時取得は認められていない。なお、手形、小切手その他の有価証券については、動産の場合よりいっそう厚く取得者を保護している(手形法16条2項、小切手法21条)。
[高橋康之・野澤正充]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…日本の民法は,動産の物権変動の場合にのみ公信の原則を採用し,占有に公信力を与えている(民法192条)。即時取得(善意取得ともいう)の制度がこれである。これによると,先の例で,動産をDが占有しているためにDを所有者と信頼してその者から買い受けた第三者は,たとえDがその動産をCから借りているにすぎない場合であっても,所有権を取得し,その反射的効果として真実の所有者Cは所有権を失うことになる。…
…小切手法21条も小切手につき同様のことを定める(株券についても商法229条が同旨のことを定める)。 民法も動産の善意取得(民法では即時取得という)を認めており,両者はともに〈公信の原則〉(取引社会一般の信頼を保護する原則)を採用したものであるが,両者の間には次のような差異がある。民法の即時取得においては,動産が盗品・遺失物であるときは被害者または遺失主は,善意の取得者に対しても盗難・遺失の時より2年間はその物の返還請求ができるが,手形・小切手(および株券)の場合には,証券の被害者または遺失主は善意取得者に対し返還請求ができない。…
※「即時取得」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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