基本情報
正式名称=モルジブ共和国Divehi Jumhuriyya,Republic of Maldives
面積=300km2
人口(2010)=32万人
首都=マーレMale(日本との時差=-4時間)
主要言語=ディベヒ語
通貨=ルフィヤRufiyaa
インド洋の東経73°に沿って,北緯7°から南緯0°の約850kmにわたって散在する19の環礁(アトールatoll)を構成する約1200の群島よりなる国家。マルディブとも呼ばれる。スリランカ(セイロン)から約700km南西に位置する。約200の島に人が住み,そのうち人口1000人以上の島は33にすぎず,他は無人島である。国名は〈花輪Malaあるいは魚Maluの島Dheep〉に由来するといわれる。平均0.6km2で最大でも13km2の小さな島々はサンゴ礁に囲まれ,平坦な地形である。高温多湿な熱帯性気候(年平均気温27℃)で,モンスーンによる降雨がある(平均降雨量は北部で2540mm,南部で3810mm)。土壌はアルカリ分が多いため農耕に適さず,ココヤシやパンノキ,バナナなどが茂る。
住民はスリランカのシンハラ人,アラブ,ドラビダ人などの混血で,言語はディベヒ(〈島々に住む人〉の意)語であるが,交易の必要上,シンハラ語,マラヤーラム語,タミル語,ウルドゥー語などのインド系諸語を話す人も少なくない。ディベヒ語の祖語は古代シンハラ語であるとみられているが,18世紀にターナという固有の字母がつくられ,広く用いられるようになった。
紀元前から,スリランカおよびインド南部から移住民が来島し,定住するようになったと伝えられているが,具体的な史実は知られていない。12世紀にイスラム化が進展するまでは仏教文化の影響下にあったらしく,いくつかの島にスリランカと共通する古代の寺院建築の遺構が存在する。東西の海上交通の要路に位置するため,イブン・バットゥータをはじめ多くの旅行者によって島の生活が報告されている。しかし,1558-73年のポルトガルによる支配を除いて,直接的な外国の統治下に置かれたことはなく,17世紀にはスリランカを領有していたオランダ東インド会社,18世紀末(正式の協約は1887年)からはイギリスの保護国として,間接的な支配をうけていた。オランダ人やイギリス人の行政官は派遣されず,島民の首長であるスルタンによる統治が行われていた。
1965年7月26日にイギリスの保護領から完全な主権国家として独立し,同年,国際連合に加盟を認められた。68年11月に新憲法発効に伴いスルタン制を廃止し,共和国政体をとりナシルIbrahim Nasir(1926- )が大統領に就任して独裁的な支配が続いたが,78年に辞任した。後任のガユームMaumoon Abdul Gayoom(1939- )大統領によって近代化を目ざす改革が進められた。大統領(任期5年)が行政を統括し,大統領によって任命される約10名の閣僚が外務,公安,法務,内務,財政,漁業,教育,厚生,運輸などを分掌している。一院制の立法府は,マジリスMajlisと呼ばれ,環礁を単位とする19の選挙区から選ばれた各2名の議員に,首都選出の2名,大統領指名の8名を加え,計48名の議員(任期5年)からなる。地方行政は,環礁単位に行われ,個々の島にはボドゥ・カティブBodu Katibと呼ばれる島長が置かれている。ドニーdorniと呼ばれる帆船が,島々を結ぶ主要な交通手段であるだけに,島単位の自立性が非常に強い。外交方針としては,非同盟政策をとっている。イスラムが国教でほとんど全島民がスンナ派のイスラム教徒であるため,西アジア諸国とのつながりが深く,ガユーム大統領もカイロのアズハル大学出身である。
国の南端アドウ環礁のガンGan島は,独立後も協定によりイギリスが軍事基地として利用していた。アメリカの軍事基地が置かれているチャゴス諸島のディエゴ・ガルシア島の北約700kmに位置し,インド洋上の重要な戦略地点であるところから,76年3月のイギリス軍の完全撤退後,ソ連から空港施設などが残された同島の租借が申し込まれたが,81年モルジブ政府はこれを拒否し,同島を自由貿易・観光保養地として開発する決定を公表している。1978年に選出されて以来,南アジア諸国の中では珍しく長期政権を維持してきたガユーム大統領は,96年に完成したティームゲ宮殿に移り政権基盤の強化に努めている。
モルジブ経済は漁業と観光業を主要な柱としている。水産業は歴史的にもモルジブを代表する産業であり,男たちはドニーに乗ってマグロやカツオの漁に従事している。古くからモルジブ・フィッシュ(頭と内臓を取り除き,釜で煮たカツオを野天で乾燥させたもの)の生産で名高く,それをスリランカへ輸出して米,小麦などの生活必需品を輸入してきた。他方,観光業は1970年代に入ってから成立したもので急成長を遂げている。首都のあるマーレ島の近くにある約40島が観光島に指定され,島ごとにホテルが建設され,住民の生活とは無縁な外国人専用の保養施設となっている。1988年には15万6000人の観光客が訪れた。1920年代以降,子安貝に代わってモルジブ・ルピー通貨が定められたが(1981年よりルフィヤに変更),これらの観光島ではもっぱらドルやマルクの外貨が流通している。経済活動の多角化が経済政策の一つであり,国営の商船隊はその成功例とされている。外国資本の導入にも政府は非常に積極的であり,日本から大手の水産企業が進出し缶詰工場を建設したが,所期の収益を上げられないとして,80年代に入ってから撤退している。政府は輸出指向型の工業として縫製工場の誘致をすすめている。
首都以外では,コーランに基づく伝統的な宗教教育が行われている。首都の高等学校などでは英語をはじめ専門的な教科の教員にスリランカ人を雇用している。留学も従来はスリランカが多かったが,1970年代に入ってスリランカとの経済関係が悪化するとともに,他の地域との交流へ向かう傾向が生まれつつある。正確な統計はないが平均寿命は男58歳,女59歳(1987)と推計されている。食生活が海産物に偏りがちなため,野菜や穀物の生産が奨励されているが,あまり成果を上げていない。とくに稲作は困難で,米はほぼ全面的に輸入に頼っている。ココナツとパンノキの実が,ほとんどすべての島でとれるので,モルジブ料理に広く用いられている。
マーレ島の隣にあるフルレー島の国際空港がこの国の玄関となり,航空路がインド南部のトリバンドラムとスリランカのコロンボに開かれている。インディアン・エアライン,エアランカおよびモルジブ国際航空の3社が定期便を運航している。船便はコロンボ港とマーレ港とを結んでいるが,独立前と変わり,不定期であり乗客も少なくなってきている。なお,日本はモルジブの主要な貿易相手国の一つであり,水産業界を中心とする経済関係が深い。
執筆者:中村 尚司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
インド洋北部、スリランカの南西600キロメートルに浮かぶモルジブ諸島からなる国。正称はモルジブ共和国Republic of Maldives。モルディブ、マルディブ、マルダイブともいう。首都はマレ島のマレ。
[荒井悦代 2025年3月18日]
北緯7度から赤道直下まで、南北868キロメートル、東西120キロメートルにわたって点在する1192の島より構成され、島々の周囲には巨大なサンゴ環礁が存在する。マレの年間降雨量は2473ミリメートル、熱帯気候で、1~4月に弱い乾期がみられる。有人島は187、無人島は825、リゾートホテルのみの島は180で、すべての島の面積を足し合わせると298平方キロメートルとなる。59万0297人が住み、このうちモルジブ人は39.8万人、外国人は19.2万人(2023)。モルジブは出稼ぎ労働者の受入れ国で、外国人は観光、教育、医療、建設、漁業など幅広い分野にみられる。地方行政区は政府直轄の首都マレと、環礁を単位とした20の行政区とに分けられている。大統領の任期は5年。議会は一院制で議席数は87、任期は5年。
[荒井悦代 2025年3月18日]
島々の多くは標高2メートルに満たない低平な地形をなし、ヤシ林に覆われる。1992年の国連環境開発会議(地球サミット)で、大統領ガユームMaumoon Abdul Gayoom(1937― )が地球温暖化に伴う海面上昇の危険について各国の支援と協力を要請した。また大統領ナシードMohamed Nasheed(1967― )は、2009年気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)で地球温暖化について警鐘を鳴らした。その後の大統領も国際会議などで積極的に発言するほか、マレ近くの海上では20万人の居住が可能な人工島の建設・整備が進んでいる。
[荒井悦代 2025年3月18日]
16世紀にはポルトガル、17世紀にはオランダの植民地となり、18世紀末からイギリスの支配を受け、1887年にセイロン(現、スリランカ)の属島としてイギリス領となった。1948年セイロンの独立に伴いイギリス保護領となり、1965年に独立、国際連合(国連)に加盟した。1968年に君主制から共和制に移行。1978年、初代大統領のナシルIbrahim Nasir(1926―2008)にかわって就任したガユームが6期30年にわたって長く大統領を務めた。2008年8月には基本的人権、言論の自由、複数政党制などを初めて定めた民主的な新憲法が制定された。同年10月に新憲法下での大統領選挙が行われて、決戦投票のすえにガユームを破ったモルジブ民主党(MDP)のナシードが大統領となった。ナシードは任期途中で大統領の座をワヒードMohamed Waheed Hassan(1953― )に明け渡したが、以後は大統領の任期満了ごとに選挙が行われ、2013年にはモルジブ進歩党(PPM)のヤーミンAbdulla Yameen Abdul Gayoom(1959― )、2018年にはMDPのソーリフIbrahim Mohamed Solih(1962― )が選出され、2023年にはヤーミンにかわり立候補した人民国民会議(PNC)のムイズMohamed Muizzu(1978― )が大統領に選出されるなど、与野党が目まぐるしく入れ替わった。大統領の交代に伴い、対中国・対インド政策は大きく揺れた。
[荒井悦代 2025年3月18日]
おもな産業は観光と漁業で、政府は観光開発と漁業の近代化に力を入れている。一つの島に一つのホテルを原則にハイエンドなサービスを提供していたが、2009年からそれ以外の島でもゲストハウスとよばれるホテルの建設が認められるようになった。ヨーロッパからの観光客が主であったが、2010年代以降、インドや中国からの観光客も増加している。2024年には約200万人の観光客が訪れ、約56億米ドルの観光収入を記録した。島の産物はココヤシ、パンノキの実、果実のほか、モルジブ・フィッシュとよばれるかつお節に似た魚の乾物など魚貝類が多い。主食の米や、砂糖、小麦粉、機械類は輸入に頼っている。国内総生産(名目GDP)は65億9089万米ドル、1人当り名目DGPは1万2530米ドル、財貿易額は輸出4億2100万米ドル、輸入34億9700万米ドルと、貿易収支は大幅な赤字を抱えている(2023国連統計)。おもな輸出相手国はタイ、ドイツ、イギリス、インド、フランス、輸入相手国はオマーン、インド、アラブ首長国連邦(UAE)、中国、シンガポールなどである(2022)。第二次世界大戦後には、日本漁船が多く入港するようになり、日本の水産会社が缶詰、冷凍工場を設立した。なお、南端のアドゥー島にあったイギリス海軍基地は1976年に撤去された。
[荒井悦代 2025年3月18日]
住民は、マレー系のモルジブ人とドラビダ人やアラブ人の混血で構成されている。言語は、スリランカのシンハラ語から派生したとされるディベヒ語で、文字は右から左へ読む。宗教は古くは仏教であったが、のちにイスラム教が伝わり、1116年(1153年という説もある)にはイスラム王国となり、現在もイスラム教を国教としている。出生率は10‰(パーミル:人口1000人に対する1年間の出生数の比率。2021)、人口増加率は2.8%(2019~2023平均)で、0~14歳人口は26.1%(2022)と若年人口の比率が高い。義務教育は4歳から15歳までで無償である。教育施設、教員の不足などによって就学率が低かったが、国家開発計画の進行により、近年では初等教育および中等教育の就学率は100%に近い。
[荒井悦代 2025年3月18日]
『荒井悦代・今泉慎也編著『モルディブを知るための35章』(2021・明石書店)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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