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ラオス人民革命党 ラオスじんみんかくめいとう Lao People's Revolutionary Party

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラオス人民革命党
ラオスじんみんかくめいとう
Lao People's Revolutionary Party

略称 LPRPラオスの政党。 1934 (あるいは 1936) 年,インドシナ共産党ラオス委員会が設立され,反日,反仏ラオス解放闘争を指導した。しかし 51年2月のインドシナ共産党大会でインドシナ各国がそれぞれ革命政党をもつことが決められ,55年3月,同委員会はラオス人民党として再発足し,72年ラオス人民革命党と改称された。

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知恵蔵2015の解説

ラオス人民革命党

ベトナムやカンボジアと同様、フランスの植民地(仏領インドシナ)だったラオスは、第2次世界大戦後も大国の介入で分裂と内乱を経験した。統一実現はベトナム軌を一にする1975年(ラオス人民民主主義共和国成立)。実質的にはラオス人民革命党による一党独裁。55年、インドシナ共産党ラオス委員会によりラオス人民党が結成され、72年の第2回党大会で現在名に改められた。内戦時代はパテト・ラオ(Pathet Lao、前身はラオス愛国戦線)と名乗った。最高指導者カイソンの死去(92年)で、党議長職はカムタイ(大統領職を兼任)に引き継がれたが、2006年3月の第8回党大会でカムタイが引退、後任にチュンマリ副大統領が選任された。同時に役職名も党書記長(大統領を兼ねる)に変更された。首相はブアソン。

(片山裕 神戸大学教授 / 2008年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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世界大百科事典内のラオス人民革命党の言及

【ラオス】より

…人々の動揺は隠しきれなかった。この新体制を推進したのはラオス人民革命党であり,同党はインドシナ共産党のラオス委員会から作られた。新国旗には上下両端が赤(人民)地,中央が青(国土)地で,白い丸(清潔)が中心にある,愛国戦線が以前から愛用していた旗を採用した。…

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