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ラフム朝 ラフムちょうLakhm

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラフム朝
ラフムちょう
Lakhm

メソポタミア南部にあったアラブのタヌーフ族の王国 (3世紀中頃~633) 。ササン朝属国で,遊牧アラブの侵略からの防御と,ビザンチン帝国との戦いの先兵として使われた。国王アムル (在位 554~569) はアラブの吟遊詩人の保護者として有名で,首都ヒーラには多くの詩人が集った。ネストリウス派キリスト教が国内で勢力をもち,5世紀には王家も改宗した。 633年アラブ・イスラム軍の将軍ハーリド・イブヌル・ワリードに征服された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ラフムちょう【ラフム朝 Lakhm】

南アラブのタヌーフ族が南イラクのヒーラに都して建設した王朝。3世紀半ば~602年。ヒーラ王国ともいう。ササン朝ペルシアの宗主権下にあり,盛時には領域はシリア砂漠からバフライン(現在のハサー)にまで及んだ。最初の数代の王はアズド族の出身であったが,アムルはラフム族に属し,以後1人の例外を除き,代々の王はアムルの子孫によって占められた。6世紀の初めキンダ王国の王ハーリス・ブン・アムルの支配を受けたが,529年ムンジル3世はハーリスとその一族50人あまりを殺してキンダ王国を滅ぼし,シリアへ遠征してアンティオキアまで至った。

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