南フランスでは12世紀の初めごろから、封建大諸侯の宮廷に、貴女(きじょ)を中心とする狭いが華やかな社会が生まれ、貴女崇拝と宮廷風とよばれる新しい恋愛の理念が生じた。騎士である詩人は、そういう環境と理念のなかで、愛する心の貴女に永遠の思慕を寄せて、それをときには晦渋(かいじゅう)なまでに凝った詩型に歌い込んで、それに自分で作曲し、城から城に遍歴して歌って回る。この詩人・騎士がトルーバドゥール、すなわち吟遊詩人である。今日400余人の名が残されている。ただしその内容は一定していて、けっして報われることのない貴女への愛の嘆願と奉仕の誓いである。その願いがいれられても、額に口づけを一つ受ける程度であるが、詩人はその「コンソラメンテ」という口づけの栄誉をさらに保つために、なおいっそうの誠を捧(ささ)げる。キリスト教のマリア崇拝を世俗の愛に置き換えたものであり、また封建主従の関係を恋愛関係に仕立てたものと考えてよい。セルカモン、ジョフレ・リュデル、ベルナール・ド・バンタドゥールらがとくに有名である。トルーバドゥールの叙情詩は全ヨーロッパに広まり、北フランスでは(「トルーベール」とよばれる)コノン・ド・ベチューヌ、シャトラン・ド・クーシー、シャンパーニュ伯チボー4世、獅子(しし)心王リチャードらがいる。ドイツではワルター・フォン・デァ・フォーゲルワイデ、ウルリッヒ・フォン・リヒテンシュタインらがおり、「ミンネゼンガー」とよばれ、スペインやイタリアにもその追従者を出している。ソルデルロ、アルノー・ダニエルはダンテの『神曲』のなかで謳(うた)われ、そのダンテはペトラルカとともに、ある意味でトルーバドゥールの系譜のなかにあるといっても過言でない。
[佐藤輝夫]
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…VIおよびVIIについては〈ビザンティン文学〉とこの項末尾の記述を参照されたい。
【I叙事詩成立の時代】
ミュケナイ時代の記録には文学の痕跡は発見されていないが,前8世紀以降台頭するホメロス,ヘシオドスらの叙事詩文学の最初の萌芽は,前12世紀以降の〈暗黒時代〉に諸地を歴遊した吟遊詩人(アオイドスaoidos)の語り物技芸に発する。今日伝わる両詩人の作品は初期イオニア方言をおもに用いた職業的詩人たちの間で口承の語り物として成立し,彼らの間で代表的レパートリーとして発展・熟成の過程をたどった。…
…詩には歌い手が即興的に付け加える部分があり,グスラルは歌手,奏者,作詞者の3役をこなし,互いに技を競いあった。また彼らは,各地を遍歴して,聴衆からの贈物で暮しを立てる吟遊詩人でもあった。1415年にポーランドのブワディスワフ2世王の前でセルビアのグスラルが弾き語りをしたのが,文献に残る最古の記録である。…
…旋律を伴った作品の場合は,楽器の演奏も彼らが担当する。トルバドゥール,トルベールが宮廷芸術家,創作家であるのに対し,ジョングルールは演奏家であった(よく用いられる吟遊詩人というあいまいな呼称は,旅芸人である後者にむしろふさわしい)。ただし,両者の区別はあくまで原則的なものにとどまる。…
※「吟遊詩人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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