フランスの思想家、宗教史家、文献学者。2月28日、ブルターニュ地方のトレギエに生まれる。聖職を志しサン・シュルピス神学校に進んだが、ヘーゲル、ヘルダーらのドイツ哲学の影響を受け、セム語文献学と聖書原典の研究に熱中するうちに、教会の伝統的聖書解釈に疑惑を抱くようになり、聖職を捨てて学問の道を選ぶ。のちの実証主義の代表的科学者ベルトロと友誼(ゆうぎ)を結び、科学の方法と可能性を信頼するに至り、1849年『科学の未来』(刊行は1890年)を書く。さらにキリスト教の起源の研究を企て、キリスト教を、ユダヤ的環境の産物、キリスト教発生以前の社会、感情、思想、信仰の産物として説明することを目ざし、代表作『キリスト教起源史』(1863~1881)を完成する。その第1巻が『イエス伝』で、キリストの神性を認めず、人間イエスの生涯の実証的な研究を標榜(ひょうぼう)した。他の主要著作に『イスラエル民族史』(1887~1893)がある。プロイセン・フランス戦争とパリ・コミューンを契機に、民主主義への不信から知的エリートによる社会支配を構想するに及ぶが、そうした保守化の傾向を代表する著作が『哲学的対話と断片』(1876)。テーヌと並んで実証主義の思想家として19世紀後半の思想・文学界に多大な影響を及ぼした。1892年10月2日没。
[横張 誠 2015年6月17日]
『津田穣訳『イエス伝』(岩波文庫)』
アントアーヌAntoine Le Nain(1588ころ―1648)、ルイLouis Le Nain(1593ころ―1648)、マチューMathieu(1607―77) フランスの画家の三兄弟。フランス北東部のランで役人の息子として生まれ、3人とも1620年代末には、パリで活躍を始める。今日ではとりわけ農民を描いた風俗画で知られるが、ほとんどパリに住んでいたと考えられ、当時はむしろ宗教画、肖像画の画家として地位を築き、48年の王立アカデミー設立時には、3人ともその会員になっている。しかし、その直後の5月末にアントアーヌとルイは続いて世を去る。マチューはその後も活躍を続け、「国王の画家」「サン・ミッシェルの騎士」などの称号を得ている。
ル・ナン兄弟の作品それぞれを3人のだれが描いたかについては、まだ不明な点が多い。『家族の肖像』(1647、ルーブル美術館)などの比較的小ぶりな作品群は、明るい色とゆったりした人物配置に特色があり、普通アントアーヌ作とされる。またもっとも有名な『農民の夕食』(1645~48ころ、ルーブル)など農民の生活を題材とした作品群は、灰色、茶色など抑制した色調、古典的な緊密な構成を特色とし、ルイ作と想定されている。オランダのカラバッジョ派に影響されたと思われるリアルな描写と明暗のコントラストを特色とする『喫煙室』(1643、ルーブル)などの作品群はマチューにあてられる。
[宮崎克己]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
フランスの言語学者,文筆家。ブルターニュ地方出身。最初司祭への道を歩んだが,セム語および考古学の研究に転じ,1862年コレージュ・ド・フランスのヘブライ語教授に就任。後にC.ベルナールの後任としてアカデミー・フランセーズ会員に選ばれる。聖書高等批評の方法を大胆に受けいれ,キリストの神性を否認し,超自然的なものを退ける立場からキリスト教の歴史を書く。明晰,流麗な文体で有名な《イエスの生涯》は7巻からなる《キリスト教起源史》(1863-83)の第1巻である。また,〈国民(ナシオン)〉を再定義して,〈国民の存在は日々の人民投票である〉と論じ,普仏戦争に敗れたフランスの再生を訴えた講演〈国民とは何か〉(1882)も著名で,フィヒテが《ドイツ国民に告ぐ》で唱えたドイツ的国民観(フォルク)と対比される。
執筆者:稲垣 良典
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…自由主義神学のイエス伝は《マルコによる福音書》を基本枠として,共観福音書が伝える諸事件とイエスの言葉を,ときには史的空想と心理主義的な内面描写をも用いて伝記的な前後関係へ整理し直し,〈メシア〉たるイエスの自己意識の内的発展を一種の歴史読物として再構成して見せる。フランスのカトリックの背景から現れたルナンの《イエス伝》(1863)がその代表的なものである。そこでイエスは愛の倫理の説教者として現れ,〈神の国〉も人類の倫理的完成の目標として歴史内在的・精神的に解釈される。…
※「ルナン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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