ロマン語ともいう。古代ローマ帝国の共通語であったラテン語が長期間にわたって変化し,地域的な分化を遂げることによって,おそらく8世紀ころまでに形成された諸言語の総称。ロマンス語は今日ヨーロッパおよびアメリカ大陸を中心に,全世界で5億人にのぼるとも推定される人々の日常語として広く使用されている。〈ロマンス語〉また〈ロマン語〉という名称に含まれる〈ロマンス〉〈ロマン〉(英語Romance,ドイツ語romanisch,フランス語roman)なる語は,字義どおりには〈ローマ風に〉を意味する中世ラテン語のromaniceにさかのぼるものであり,古代ローマ人の言語に発するその起源を端的に物語っている。
ロマンス語の分類に関してはさまざまな試みがなされているが,19世紀末に死滅したダルマティア語(かつてアドリア海東岸に分布)を今日使用されているロマンス語に加えたうえで,次のような分類が考えられる(配列順序はヨーロッパにおける分布をおおよそ西から東にたどったもの)。(1)ポルトガル語,(2)スペイン語,(3)カタロニア語(カタルニャ語,カタラン語とも),(4)オック語(オクシタン(語)とも),(5)フランコ・プロバンス語Franco-Provençal,(6)フランス語,(7)レト・ロマン語(レト・ロマンス語とも),(8)サルジニア語(サルデーニャ語とも),(9)イタリア語,(10)ダルマティア語Dalmatian,(11)ルーマニア語。これらの〈言語〉はいずれもいくつかの地域的な変種(方言)を含んでいるが,(1)(2)(3)(6)(9)(11)のように超局地的な共通語(標準語)の確立している言語と,そのような標準語をもたない(4)(5)(7)(8)(10)のような言語とがある。オック語は中世期に特に抒情詩に用いられた文語の共通語を形成したが,今日ではそれに相当する共通語をもっていない。標準語を発達させた言語の場合,例えば単に〈イタリア語〉というときにはその標準語,すなわち〈標準イタリア語〉を指す,というようなことが多い。なお,上記(1)(2)(3)の言語をまとめてイベロ・ロマンス語Ibero-Romance,(4)(5)(6)をガロ・ロマンス語Gallo-Romance,(7)(8)(9)の言語をイタロ・ロマンス語Italo-Romance,(10)(11)をバルカン・ロマンス語Balkan-Romanceと称することがあるが,(3)や(7)などの位置づけに関しては異論のあるところである。
ラテン語,またその後身であるロマンス語の普及した地域を,ときに〈ロマニアRomania〉と呼ぶが,これはローマ帝国の行政上の版図と完全に一致するものではない。バルカン半島南部から小アジア・エジプトにかけてのギリシア語文化圏にラテン語は根を下ろすことがなかったし,またイベリア半島北西部に住むバスク人の言語もラテン語によって駆逐されるには至らなかったからである。さらに西ローマ帝国末期に始まる諸民族の移動・来住に伴い,いったんはラテン語化された地域のかなりの部分がロマニアから失われた。アルプス山脈北部からライン川流域にかけての地域やブリテン島南部はゲルマン語化され,アフリカ北東岸に根づいたラテン語はアラビア語の進出によって消滅した。またドナウ川流域からアドリア海東岸にかけての地域(ギリシア語圏の北)では主としてスラブ語が勢力を得て,ロマニアにおけるルーマニア語の孤立をもたらした。一方,近代以降におけるロマンス語諸国の海外発展を背景に,ポルトガル語がブラジルに,スペイン語がブラジルを除く中南米諸国に,フランス語がカナダの一部に根を下ろすなどしてロマニアの領域が著しく拡大したこと,また日常語としての使用のほか,フランス語やスペイン語などのロマンス語が今日,政治,経済,文化の各分野で国際共通語として重きをなしていることは周知の通りである。さらに,ポルトガル語やフランス語を基盤にして形成されたいくつものクレオール語が世界中に広く分布していることも注目される。
さて,ロマンス語の源がラテン語にあることはすでに記したが,そのロマンス語の出発点にあたるラテン語は,古典ラテン語に代表される高度に洗練された書き言葉ではなく,ローマ人またローマ化された人々が日常の話し言葉として用いる,いわゆる〈俗ラテン語Vulgar Latin〉であった。古典期(前1世紀~後2世紀)以前にはさほど著しくなかった文語ラテン語と俗ラテン語との隔りは,時代が下るにつれてしだいに大きなものになっていくが,俗ラテン語は西ローマ帝国の滅亡(476)に至るまでの間は,ロマニア各地でほぼ同様の変化を遂げていったと思われる。ラテン語を自分たちの言葉として受け入れたロマニアの先住民族のさまざまな言語(イタリック諸語,エトルリア語,ケルト語,イベリア語,トラキア語など--これらを〈基層〉と呼ぶ)が,土地ごとの俗ラテン語にどれだけの影響を与え,それがロマニアの言語的分化にどの程度かかわっていたのかを正確に知るのは困難である。いずれにせよ,ロマニアの言語的統一を支える大きな力であった首都ローマの威信が帝国の弱体化とともに低下し,ゲルマン民族の侵入,西ローマ帝国の滅亡を経てロマニアの政治的・社会的分裂が決定的なものになると,俗ラテン語は地域ごとに異なる言語,すなわちロマンス諸語へと分化し始めるに至った。ロマニアの新たな住民となったゲルマン人の多く,またスラブ人の一部は言語的に旧住民の言葉,つまり俗ラテン語を継承する言葉に同化された。その際,後のフランス語とルーマニア語に対しては特に,彼ら来住者の本来の言語(ゲルマン語やスラブ語--これらを〈上層〉と呼ぶ)が無視できぬ影響を及ぼしたものと推定される。
書き言葉の領域では西ローマ帝国滅亡後も中世期を通じ,さらに近代以降も,古典ラテン語に範を仰ぐラテン語がロマニアで使用され続けるが(ただしビザンティン・スラブ文化圏の影響下に入ったルーマニア地域では後にこの伝統が失われる),口語相において8世紀ころにはラテン語とはっきり異なる言語になっていた,フランス語やイタリア語などのロマンス語が文字を用いて書き記されるようになるのは,9~10世紀以降のことである。なおルーマニア語による文献の登場は16世紀になってからであり,ロマンス諸語の中でこの言語は書き言葉として使用され始めたのが最も遅かった。
最後にロマンス語の特徴・性格について簡単に触れておこう。ラテン語と比べた場合,ロマンス諸語に共通して見られる特徴としては,母音の長短に基づく語の分別が失われていること,冠詞を有すること,名詞,形容詞の格変化が失われていること(ただしルーマニア語,古フランス語,古オック語を除く),動詞の形態変化が全般に簡素化した中で,迂言(うげん)的表現に基づく動詞形態(受身,完了,未来,条件法など)が発達していること,〈前置詞+名詞〉という分析的表現が多用されること,また文中での主語・述語・目的語などの語順がラテン語より固定化されていることなどが挙げられる。
ロマンス諸語相互の間では,ラテン語の音韻・文法構造を最も大きく変えたフランス語(例えば,ラテン語のaqua〈水〉にさかのぼるフランス語のeau[o]をイタリア語acqua,スペイン語agua,ルーマニア語apǎなどと比較されたい),および,格変化を残すなどの保守的側面と不定法に代わる接続法の多用といった改新的側面が独特に入り混じったルーマニア語の二つの言語が,古風な特徴を多くとどめるサルジニア語を含む,他のロマンス語群から大きく隔たっていることが観察される。
→ラテン語
執筆者:長神 悟
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…したがってマルタ語は系統的には南セム語に属し,アラビア語西部(=マグリブ)方言に最も近い。しかしロマンス語,とくにマルタの北に隣接したシチリア島のイタリア語方言から,音韻,語彙の面で強い影響を受けており,さらに現在では,イスラム教徒ではなくカトリック教徒によって用いられ,アラビア文字ではなくラテン文字による正書法が確立していることから,事実上はアラビア語の一方言であるにもかかわらず,独立の一言語として扱われることが多い。【松田 伊作】。…
…〉 ちなみにこの文章のfoied(<*fo‐died)=hodieは今日のイタリア語,スペイン語のoggi,hoyの基であり,フランス語のaujourd’huiのhuiの基でもある。またuino=uinum(対格形)は,同じ現代ロマンス語のvino,vino,vin,さらにはロマンス語から借入された英語,ドイツ語のwine,Weinの源の形である。
[ギリシア語の影響]
小さな田舎の言葉にすぎなかったラテン語は,広大なローマ帝国の言語となるわけであるが,これに多くの語彙を供給し,文章表現の範となり,詩型までもあたえて,その育成に力をかしたのはギリシア語である。…
…言語系統論的にみて,古代ローマ帝国内で話されたラテン語から派生したと想定される,イタリア語,フランス語,スペイン語,ポルトガル語,ルーマニア語などのいわゆるロマンス諸語(ロマンス語)を母語とする人々を,俗にラテン(系)民族と総称する。しかし,実際には,それらの人々は数多くの国民国家に分断されており,一つのラテン民族としての帰属意識があるわけではない。…
※「ロマンス語」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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