ロマンス(読み)ろまんす(英語表記)romance

翻訳|romance

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ロマンス」の意味・わかりやすい解説

ロマンス
romance

ヨーロッパ中世のフィクション,「物語」。宮廷文学の代表的な分野の一つ。「ロマンス」にはラテン語に対する俗語 (日常語) の意味があった。ラテン語からの書き換えを想定されたものであったが,(中世文学は純然たる創作ではなく,素材解釈,再解釈が主流) ,ついで物語を意味するようになった。
中世宮廷文学は,初めにフランス語で書かれてから各国語に翻訳された。民族的ジャンルである叙事詩に代って,アレクサンダー大王を主人公とする,『アレクサンダー物語』 (12世紀初頭の断片が現存,完璧な版は後になる) で古典古代 (ギリシアローマ) の素材の作品が初めて書かれた。 12世紀なかばに『テーベ物語』 Roman de Thébes,『エネアス物語』 Roman de d'Énéas (共に作者不詳) ,『トロイ物語』 Le Roman de Troie (ブノア・ド・サント=モール ) などが書かれたが,『アレクサンダー物語』を除き,平韻八音綴の韻文で書かれ,以降のロマンスの形式を決定する。『エネアス物語』はウェルギリウスの『アエネイス』 Aeneisから発想され,トロイの敗戦の将エネアス (中世の騎士の武装をしている) のローマ建国への道程を語る,「古代の素材」によるロマンスで,ローマをはじめ,ヨーロッパ各国のギリシアに敗れたトロイの生残り王族に系譜的にかかわりをもたせる偽史的作業が行われる。
ブルターニュの素材」に基づき,活発な著作活動がなされたのは,プランタジネット朝の宮廷であった。ヘンリー2世と,フランス・アキテーヌ公ギヨーム9世 (最初の大詩人) の孫,アリエノール姫との結婚による領土拡大の結果,南フランスの進んだ宮廷文化がもたらされ,『トロイ物語』の作者および『ブリュ物語』 Le Roman de Brut (ブリュはエネアスの曾孫でブルターニュの征服者) の作者ワース Waceがいた。ワースもおそらくブノアも本書を王妃に捧げた。『ブリュ物語』は,ラテン語の翻案であるが,アーサー王物語群の核である「円卓」に言及し,王がロマンスの英雄に仕立てられるのは,この作品にはじまる。 12世紀末,仏訳から英訳がなされた (→ラヤモン ) がある。アリエノール妃の娘マリ・ド・シャンパーニュ Marie de Champagneに仕えたクレチアン・ド・トロアは,この「ブルターニュの素材」を手がけ,最大の傑作といわれるロマンスを生んだ。「古代」ものに比し,「宮廷風恋愛」への傾向が強まり,『トリスタンイズー』がベルールトマ (いずれも断片) により,同時期に書かれる。 13世紀には,散文『ランスロ=聖杯』と『トリスタン』 (ともに作者不詳) が成立,前者はアーサーの王国崩壊と王および円卓の騎士全員の死の叙述で締めくくられる (→アーサーの死 ) 。一方,ジャン・ルナー Jean Renartの作にみられる現実的な「冒険物語」と呼ばれる作品も生れた。やや遅れて,寓意手法による2人の作家ギヨーム・ド・ロリスジャン・ド・マンの『薔薇物語』 (薔薇は恋愛対象の1人の女性を表象) が書き継がれた。この物語では内面化傾向が強まり,登場人物は一人称のほかには抽象名詞の擬人化が大勢を占める。ここでは「宮廷風恋愛」は騎士道との相乗関係をもはやもたない。しかし『薔薇物語』はルネサンスにいたるまで最も読まれたロマンスで,特に後編の寓意性,教化的傾向が好まれ,フランドル語,イタリア語チョーサーによる英訳が断片であるが残っている。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ロマンス」の意味・わかりやすい解説

ロマンス(文芸用語)
ろまんす
romance

文芸用語。中世ヨーロッパにおいて、公式用語であるラテン語ではなく、俗ラテン語であるロマンス語によって書かれた英雄伝騎士物語のこと。アーサー王やシャルル大帝(カール大帝)にまつわる騎士の恋愛や武勇を題材とし、理想化、空想化、夢幻化していった。中世以後は、セルバンテスの『ドン・キホーテ』のように非現実的な要素をもち、筋(すじ)のおもしろさに力点を置いた、伝奇性の強い小説のことを意味するようになった。

[船戸英夫]


ロマンス(音楽用語)
ろまんす
romance 英語
romance フランス語
romance スペイン語
romanza イタリア語
Romanze ドイツ語

西洋音楽用語。語源は「ローマ風」を意味するラテン語のromancieで、元来ラテン語に由来するロマンス語とそれで書かれた文学を意味したが、中世以来スペインでは長い叙事詩の一部を歌う物語歌として歌われた。18世紀からはフランスを中心に、恋愛にまつわる感傷的な詩とその歌曲として盛んになり、モーツァルトのジングシュピール『後宮からの逃走』やベルディのオペラ『アイーダ』などにも取り入れられている。

 器楽曲としてのロマンスは、18世紀後半に、その緩徐楽章として導入されるようになる。その例はモーツァルトのピアノ協奏曲ニ短調(K466)の第二楽章、同じモーツァルトのセレナード ト長調「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」(K525)の第二楽章などがある。ベートーベンのヘ長調とト長調の二つのロマンス(作品50および40)は、バイオリンと管弦楽のための作品で、ロマン派の同種の曲の先駆となった。ピアノ独奏用もシューマンやフォーレが手がけている。

[船山信子]

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