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ワイトリング ワイトリング Weitling, Wilhelm

4件 の用語解説(ワイトリングの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ワイトリング
ワイトリング
Weitling, Wilhelm

[生]1808.10.5. マクデブルク
[没]1871.1.22. ニューヨーク
ドイツ社会主義者。仕立職人として,1828年以来ドイツ,オーストリアスイスの各地をめぐり,さまざまな蜂起に参加。 35年にはパリでドイツ人亡命者の「正義者同盟」に加わってその指導者として活躍。

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百科事典マイペディアの解説

ワイトリング

ドイツの空想的社会主義者。1835年パリで,ドイツ人亡命者の政治団体である義人同盟に加盟し,その指導者となった。1848年プロイセン三月革命で活躍したが,翌年米国に亡命し,共産村の建設を試みたが失敗,客死。

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世界大百科事典 第2版の解説

ワイトリング【Wilhelm Christian Weitling】

1808‐71
ドイツ初期社会主義の理論家。洗濯女の私生児として生まれ,長じて仕立職人としてドイツ,オーストリアを遍歴の後,パリで秘密結社追放者同盟〉へ加入した。その後〈義人同盟〉の指導者となり,1839年のブランキスト蜂起の失敗後はスイスで共産主義の宣伝に努める。彼が執筆した《人類,その現状と理想像》(1838)および《調和と自由の保障》(1842)は〈財産共同体〉を理論的に基礎づけようとした同盟の綱領的文書であった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ワイトリング
わいとりんぐ
Wilhelm Weitling
(1808―1871)

ドイツの初期社会主義者。1835年仕立職人としてパリに遍歴。ここでフランス社会主義思想に接し、1837年急進的な「義人同盟」に参加した。1839年にブランキの一揆(いっき)に加わり、その失敗後、1841年にスイスに移住し、主著『調和と自由の保証』を著して共産主義の理論家として名をなした。スイスのドイツ人の間に多くの支持者を得たが、キリストを共産主義の先駆者と説いた文書の発行で官憲の弾圧を受け、1年の入獄後、1846年末アメリカに渡った。1848年の三月革命期に一時ドイツに帰国、第2回ドイツ民主主義者会議に参加したが、革命の挫折(ざせつ)でふたたびアメリカに渡り、共産村の建設や新聞『労働者の共和国』の編集を行った。[末川 清]

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世界大百科事典内のワイトリングの言及

【義人同盟】より

…1830年代の半ば,パリ在住ドイツ人政治亡命者,渡り職人を中心として〈ドイツの再生と解放〉を目的につくられた秘密結社〈追放者同盟Bund der Geächteten〉を母体とし,同結社が左右に分裂した際左派が結集してつくった組織。当初パリを拠点として,フランス社会主義・共産主義各派の影響のもとに出発し,綱領文書《人類,その現状と理想像》(1838年W.ワイトリング執筆)によって財産共有制を旨とするいわゆる〈手工業者共産主義〉を基本的立場にすえる。また組織原則の点では,1838年の同盟規約をみると,かなり集中的性格が濃いものの,民主集中性をとり,のちのプロレタリア政治組織の先駆をなしている。…

【マルクス】より

… 46年に革命運動の組織的実践を開始,当時在住したブリュッセルを本拠にF.エンゲルスたちと組んで〈共産主義(国際)通信委員会〉を設立,その中心となった。その当時,ドイツ人労働者(職人)の共産主義組織〈義人同盟〉に分派闘争が発生,旧来のカリスマ的指導者W.ワイトリングを追い落とした新指導部のK.シャッパーやJ.モルたちと連携して〈共産主義者同盟〉に改組(1847),この組織の綱領として《共産党宣言》(1848)を執筆した。48年,ドイツ三月革命が勃発すると帰国,ケルンを拠点にして活躍し,《新ライン新聞》を刊行する。…

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