三ッ木遺跡(読み)みつぎいせき

日本歴史地名大系 「三ッ木遺跡」の解説

三ッ木遺跡
みつぎいせき

[現在地名]境町三ッ木 堂前

はや川右岸の低台地上にある。標高四〇メートルで、桑畑となっており、周辺には水田が開ける。上武じようぶバイパスの路線敷に発見され、西の西今井にしいまい遺跡と連続した自然堤防上の遺跡である。遺跡は幅二〇〇メートル、長さ五〇〇メートルの規模で、調査区一万六〇〇平方メートルの範囲から竪穴住居二五〇軒・掘立柱建物一四棟・方形周溝墓一基などを検出。竪穴住居は古墳時代前期から平安時代に及ぶが、中心は平安時代で約六割を占める。古墳時代のものはローム層基盤とする範囲に限られる。


三ッ木遺跡
みつぎいせき

[現在地名]伊那市大字富県 北福地 三ッ木

天竜川左岸段丘のうち、西南・南・北側を大沢おおさわ川の支流によって開析された岬状の台地上にある遺跡。台地全面には縄文から平安時代に及ぶ遺物出土があり、各期の集落跡と推定される。このうち先端部約二〇アールの平坦地が本遺跡である。

昭和四二年(一九六七)調査が実施されたが、特に縄文早期に属す小礫による集石・積石・組石や竪穴状遺構を検出した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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