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上田重安 うえだ しげやす

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

上田重安 うえだ-しげやす

1563-1650 織豊-江戸時代前期の武将,茶人。
永禄(えいろく)6年生まれ。豊臣秀吉につかえる。関ケ原の戦いののち蜂須賀家政,ついで浅野幸長(よしなが)にまねかれる。茶道を千利休,古田織部,小堀遠州にまなぶ。また紀伊(きい)粉河(こかわ)寺(和歌山県)の庭園などもきずいた。慶安3年5月1日死去。88歳。通称は佐太郎,主水正。号は宗箇,是斎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

上田重安

没年:慶安3.5.1(1650.5.30)
生年:永禄6(1563)
安土桃山時代の武将。茶人。幼名は亀丸。通称は佐太郎,主水正。宗箇,是斎と号す。上田重元の子。天正13(1585)年豊臣秀吉に仕え,越前国西方内6453石を与えられる。文禄2(1593)年蔵入地代官となる。慶長5(1600)年関ケ原の戦には西軍に属す。戦後,蜂須賀氏,のち浅野氏に庇護される。茶を,千利休,古田織部に学び,小堀遠州から伝書を受けた。その茶の湯は,武将らしい豪放さと漢学の素養に包まれたものと評される。造園にも秀で,徳島城下千秋閣,紀州粉河寺庭園などの造営を行った。<参考文献>加計敏吉「上田宗箇」(『茶道全集』11巻)

(平野明夫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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