日本歴史地名大系 「上田銀山跡」の解説
上田銀山跡
うえだぎんざんあと
村域の東部、通称
高田藩は明暦二年(一六五六)までに銀山までの街道開削などの諸準備の工事を完了し、翌三年に本格的な開発を行った。同年二月五日には銀山奉行として大門与兵衛が
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
村域の東部、通称
高田藩は明暦二年(一六五六)までに銀山までの街道開削などの諸準備の工事を完了し、翌三年に本格的な開発を行った。同年二月五日には銀山奉行として大門与兵衛が
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