上野新田(読み)うえのしんでん

日本歴史地名大系 「上野新田」の解説

上野新田
うえのしんでん

[現在地名]小山町上野

鮎沢(あゆざわ)川支流の須(す)川左岸の上野村南方の字籾(もみ)の久保(くぼ)に位置する。元禄一一年(一六九八)相模小田原藩領を離れて旗本大久保領(のちの相模荻野山中藩領)に移った村のなかに上野村と共にその名がみえ、高一〇石余、家数一。寛文九年(一六六九)二月に上野原新田開発につき菅沼(すがぬま)・藤曲(ふじまがり)村よりの訴状(湯山家文書)に「上野村分もミの久保と申原、菅沼村・藤曲村之者作仕」所を「只今新田ニ仕由承」とか、慶安三年(一六五〇)に「上野村より新田の御訴訟」などの記事がみえる。


上野新田
うわのしんでん

[現在地名]氏家町上野

柿木沢(かきのきざわ)新田の北西に位置する。明暦二年(一六五六)の開発と伝え、氏家八新田の一つ。宇都宮藩領。氏家村の枝郷。元禄郷帳の高二七石余、天保郷帳の高三三石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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