下稲田村(読み)しもいなだむら

日本歴史地名大系 「下稲田村」の解説

下稲田村
しもいなだむら

[現在地名]笠間市稲田(いなだ)

鍬柄(くわがら)山東麓にあり、北は飯塚(いいつか)村、南は上稲田(かみいなだ)村。中世は笠間氏の支配下にあり、嘉元大田文に東郡として「稲田八丁六十歩」とあるが、のち上下に分村した。江戸時代は笠間藩領で、「寛文朱印留」に村名が載る。茨城郡山内南郷村差出帳(石井家文書)によると慶安二年(一六四九)の検地で村高七三六・〇七一石となり、寛文八年(一六六八)・延宝四年(一六七六)の新開検地で合せて二九石余を打出す。


下稲田村
しもいなだむら

[現在地名]上越市下稲田・稲田(いなだ)二―三丁目

関(せき)川東岸の村で、北は赤塚新田(あかつかしんでん)。村の東部を大道(だいどう)用水が縦断、子安(こやす)用水も流れる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

晩秋から初冬にかけて現れる穏やかな暖かい晴天。小春とは旧暦 10月のことで,太陽歴では 11月から 12月上旬にあたる。厳しい冬を前に現れる温和な天気を喜んだことばで,アメリカ大陸やヨーロッパにも冬を...

小春日和の用語解説を読む