中城町(読み)なかじようまち

日本歴史地名大系 「中城町」の解説

中城町
なかじようまち

[現在地名]土浦市中央ちゆうおう一丁目

土浦城の南に位置し、慶長九年(一六〇四)頃から整備された町屋。宝永五年(一七〇八)の中城町絵図(石塚家文書)には「従是中条町通桜川橋本迄百五拾三間五尺」とあり、中条町とも書いた。江戸寄りの田宿たじゆく町とは堀、水戸寄りのほん町とは桜川橋(桜橋ともいう)が境になっている。田宿町との境に木戸・番所が、桜川橋際に番所が描かれている。田宿町寄りには追手御門(大手門)・御使者屋敷もある。中城町の裏一帯は沼であったが、享保一一年(一七二六)に開墾された。「おだまき」には「此年土浦下沼新田ひらく」とある。土浦城側に不動院下沼しもぬま新田側に天神社がある。「土浦名所往来」(亀城会会報)には「此辺毎年駒市有りて」とあり、天神社境内で駒市が開かれていた。


中城町
なかじようまち

[現在地名]秋田市千秋城下せんしゆうじようか町・同公園こうえん・同矢留やどめ町・同久保田くぼた町・同明徳めいとく町の各一部

上中城うわなかじよう町と下中城したなかじよう町に分れ、三の丸・二の曲輪城郭内にある。中城の名はその意と思われる。構築は慶長一二年(一六〇七)に始まる。上中城町は三の丸の東部を占め、南は追手門、北は追手北門に通じ、三の曲輪・広小路ひろこうじ手形山手てがたやまてに出る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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