中・東欧の大学改革(読み)ちゅう・とうおうのだいがくかいかく

大学事典 「中・東欧の大学改革」の解説

中・東欧の大学改革
ちゅう・とうおうのだいがくかいかく

中・東欧諸国は,1989~2001年の体制転換により社会主義体制から自由主義体制へ,市場経済を基調とする民主主義制度へと移行した。同時にEU加盟を指向し,EUが打ち出したヨーロッパ高等教育の統合への参加を表明した。現在ヨーロッパでは,1999年のボローニャ宣言の実現を目指したボローニャ・プロセスに沿って大学改革が行われており,中・東欧のほとんどすべての国が参加している。ボローニャ宣言(EU)は政府間条約に基づいてはおらず,法的な強制力はなく,あくまでも自発的に加盟国が参加することになっている。EUは「東方拡大」を目指して積極的な攻勢をかけており,中・東欧も「ヨーロッパへの参入」を希求して双方思惑利害が一致した結果,予想以上の速度で参加が進んでいる。

 現在,中・東欧各国は国家レベルでの「統一化」を進めている。そのため国によって名称や性格が若干異なるが,まず高等教育法が改正され,中央教育省が整備・設置され,その権限のもとで高等教育改革が実施されつつある。また改革の前提として学校制度全般の改革(総じて六・三・三制への移行)と大学入試改革も行われている。これまで後期中等教育で個別に行われていた卒業試験(大学入学資格制度)から,全国共通試験も導入され始めている。

 中・東欧の中ではチェコスロヴァキアが先進的である。両国は1989年の「ビロード革命チェコスロヴァキア)」によって民主化を実現したが,これまでの統一国家チェコスロヴァキアは93年に分離して,チェコとスロヴァキアという単独国家となった。チェコの大学ではボローニャ宣言以後,2001年にプラハでヨーロッパ32ヵ国の高等教育担当大臣会議(サミット)が開催されるなど,その先進性がアピールされている。スロヴァキアの大学も同様に積極的に改革を進めている。2012年にはボローニャ・プロセスのサミットルーマニアブカレストで開催された。ここでは,すべての学生に質の高い高等教育を提供すること,出身階層などによる社会的な不利の除去,マイノリティ集団に属する者の高等教育へのアクセスの拡大などが主要な課題として確認された。ルーマニアの多くの大学もこうした取組みに積極的に参加している。

 この間のボローニャ・プロセス報告書(EU)によれば,すでにいずれの国においても学位制度について,これまで統一されていなかった伝統的な資格授与制度が一般化され,また2サイクル制度(学部制度と大学院制度)への移行,学士3年(部分的に4年),修士2年,博士3年の制度の導入などが実施されている。報告書には各国の達成状況などが記述されているが,比較可能な学位の枠組み,大学における学部と大学院単位互換制度,学生の移動,質保証の確保などではポーランドハンガリー,チェコ,ラトヴィア,エストニアなど,早い段階でEUに加盟し,ボローニャ・プロセスに着手した国々の達成度が高く,そのほかの国では少し遅れている。民族紛争後遺症が残る旧ユーゴスラヴィア諸国でも,EU加盟を展望しながらボローニャ・プロセスの課題に挑戦している。たとえば2013年にEU加盟を実現したクロアチアの大学は,ボローニャ・プロセスの実現のための改革を積極的に展開した(ただし,当初は大学の管理運営を西側諸国のように開かれた体制にすることを目指したが,近年は管理強化の方向に進んでいる)

 しかし,こうしたヨーロッパ高等教育の統合構想は各国の財政状況から実現はまだ先という声も強まり,市民・学生の反対運動も起こり,現段階ではまだ構想段階にとどまっている。中・東欧での実現までには,なお紆余曲折が予想される。他方,2000年以後,グローバル市場経済の矛盾でもある金融危機が深まり,EUの存在そのものの危機も強調される中で,中・東欧では独自の「地域化」の動きを見せている。労働界・産業界の要請に対応して即戦力になる労働力を養成する必要に迫られており,そのため非総合型大学・高等専門学校が設置され,私立大学も生まれ,ビジネスやIT関係の大学がグローバルな労働市場に対応した人材養成のため必要になっている。たとえばハンガリーの大学ではポリテクニクという総合技術学校に力を入れるなど,伝統的に工学に力点を置き,実践的な教育に力を注いでいる。
著者: 加藤一夫

[オーストリア]

オーストリアの大学は,1975年の大学組織法(オーストリア)によって国家の機関と位置づけられ,大学の自治も失われたとされる。しかし,1980年代後半にEC加盟を目指し,高等教育の競争力の向上が意識され始めると,大学の自治が段階的に認められていった。1993年の改正大学組織法によって,大学の自治が認められた一方で,国家の機関とも位置づけられた。2002年の大学法(オーストリア)によって大学は自律性が認められ,国家と契約関係を持つ法人に移行した。その一方で,中央集権化に対する批判をかわすねらいで,新たな高等教育機関が設置された。それは1993年の専門大学教育課程法(オーストリア)によって設立された専門大学,99年の大学評価法(オーストリア)によって設立された私立大学,そして2007年の教育大学法(オーストリア)によって中等後教育機関の教員養成アカデミーから昇格した教育大学である。オーストリアもボローニャ・プロセスの影響を受け,教育課程の多くは学士3年,修士2年,博士3年に移行した。
著者: 田中達也

[スイス]

スイスの大学では,ドイツに先がけ大学のオートノミーを強化する方向で,大学法(スイス)の改定が進んだ。高等機関へのNPM(New Public Management:新公共経営)の導入により,大学の最高決定機関として大学理事会(スイス)が置かれ,州政府と大学の間に立って経営戦略の最終決定と管理を行っている。構成員は大学外部の政界や経済界等の者が多く,経営戦略を決定し管理する大学理事会と,それを実行に移し運営する大学という役割分担が進んでいる。スイスの大学へのNPMの導入はまた,TQM(Total Quality Management:総合的品質管理)の導入をもたらした。TQMにおいては教育や研究,サービス分野における質の評価と発展のためにモニタリングと評価を行い,潜在的な問題を見つけ,必要な改善を行うシステムの構築が目指されている。これらの評価によって必要な改革を進め,さらにそこで得られた情報が大学理事会の判断基準になると考えられているが,スイスの評価システムの開発は大学によってさまざまである。またスイスは1999年にボローニャ宣言に署名し,欧州単位互換制度(ECTS)とともに学士と修士の導入が進んでいるが,それ以前にあった学位(Lizentiat/Licence)は修士に相当するため,学士を了えても多くの学生が修士課程に進学している。
著者: 中山あおい

参考文献: 木戸裕「ヨーロッパの高等教育改革―ボローニャ・プロセスを中心にして」『レファレンス』658号,2005年11月.

参考文献: 木戸裕「ヨーロッパ高等教育の課題―ボローニャ・プロセスの進展状況を中心にして」『レファレンス』691号,2008年8月.

参考文献: 松田紀子「ヨーロッパにおける大学の国際化の推進と課題―チェコでの『エラスムス・プログラム』の実施事例から」『静岡大学国際交流センター紀要』6,2012年3月.

参考文献: 吉川裕美子「ヨーロッパ統合と高等教育政策―エラスムス・プログラムからボローニャ・プロセスへ」『学位研究』第17号,2003年3月.

参考文献: 石井バーク麻子・湊七雄・中澤達哉「EU諸国のボローニャ・プロセスと複合文化社会における教員養成課程改革(1)」『福井大学教育地域科学部紀要』Ⅳ(教育科学)63,2007.

参考文献: F. Grin, C. Metzger and A. Grüner(1997), “Current Issues in Higher Education”, Academic Reforms in the World: Situation and Perspective in the Massification Stage of Higher Education. Reports of the 1997 Six-Nation Higher Education Project Seminar(Hiroshima, Japan February 6-7, 1997). RIHE International Seminar Reports, No.10, Research Institute for Higher Education, Hiroshima University, 1997.

参考文献: 今井重孝「スイスの大学組織改革について―チューリヒ大学を手がかりとして」,有本章編『ポスト大衆化段階の大学組織改革の国際比較研究』広島大学教育研究センター,1999.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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