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中瀬鉱山 なかせこうざん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中瀬鉱山
なかせこうざん

兵庫県中北部,養父市の関宮にあった鉱山。天正1 (1573) 年八木川流域に砂金が発見され,享保年間 (1716~36) までは生野鉱山とともに重要な鉱山であった。その後さらに,銀,アンチモンも採掘され,最盛期にはアンチモンは日本の生産量の 80%以上を産出した。

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百科事典マイペディアの解説

中瀬鉱山【なかぜこうざん】

兵庫県養父(やぶ)市にあった鉱山。1573年八木川上流で砂金が発見されたことから金山(かなやま)として知られた。豊臣秀吉は直轄地として金山振興策をとり,地域一帯の石高減免措置を行っている。
→関連項目関宮[町]

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デジタル大辞泉プラスの解説

中瀬(なかぜ)鉱山

兵庫県養父市にあった鉱山。金、銀、銅、鉛、亜鉛、硫化鉄、アンチモンなどを産出。1573年発見、金山として知られる。アンチモンの産出は日本最大で、1948年に国内初の精錬所が設立された。1969年閉山。

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世界大百科事典内の中瀬鉱山の言及

【関宮[町]】より

…中心集落の関宮は,江戸時代山陰道(現,国道9号線)の宿場町として栄えた。八木川南岸の中瀬鉱山は天正年間(1573‐92)金山として開かれ,江戸時代は生野代官所の直轄地となって繁栄した。のち銅,スズ,アンチモンを産するようになり,特にアンチモンは最盛期に全国産出量の8割を占めたが,1969年に閉山した。…

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