日本大百科全書(ニッポニカ) 「刑事免責制度」の意味・わかりやすい解説
刑事免責制度
けいじめんせきせいど
刑事訴訟において、証人に対する刑事訴追を放棄することでその者が証言を拒否することができないこととして、その者に証言を義務づける制度。何人(なんぴと)も、自己に不利益な供述を強要されないとする自己負罪拒否特権(憲法38条1項)に基づく証言拒絶権(刑事訴訟法146条)の行使により、犯罪事実の立証に必要な供述を獲得することができない場合に、共犯等の関係にある者のうちの一部の者に対して刑事免責を付与することによってその者の自己負罪拒否特権を失わせて供述を強制し、その供述を他の者の有罪を立証する証拠としようとする制度である。自己負罪拒否特権は国家の刑罰権を前提とするので、訴追側が証人に対する刑罰権を放棄すれば、当該証人はもはや自己負罪拒否特権を行使する前提を欠くこととなり、証人には本来の証言義務が生ずることになる。
最高裁判所の1995年(平成7)のいわゆるロッキード事件に関する判例は、日本の刑事訴訟法は刑事免責制度を採用していないとし、刑事免責を付与して得られた供述を事実認定の証拠とすることはできないとした。しかし同時に、日本の憲法がその刑事手続等に関する諸規定に照らし、刑事免責制度の導入を否定しているとまでは解されないこと、この制度は合目的的な制度として機能する反面、犯罪に関係のある者の利害に直接関係し、刑事手続上重要な事項に影響を及ぼす制度であることからすれば、これを採用するかどうかは、これを必要とする事情の有無、公正な刑事手続の観点からの当否、国民の法感情からみて公正感に合致するかどうかなどの事情を慎重に考慮して決定されるべきものであり、これを採用するのであれば、その対象範囲、手続要件、効果等を明文をもって規定すべきである、としていた。その後、取調べによらない供述証拠の収集方法が課題となった2016年(平成28)の刑事訴訟法改正において、合意制度とともに、刑事免責制度が採用された。これによりとくに組織犯罪を解明するために有力な情報をもつ証人が自己負罪拒否特権を行使して証言しない場合に、その者に証言を強制することができることになり、組織犯罪の立証のための有力な証拠を入手することができることになった。
検察官は、証人が刑事訴追を受けるなどのおそれのある事項について尋問を予定している場合、当該事項についての証言の重要性等の事情を考慮して、裁判所に対して、以下の条件を前提とした刑事免責決定を請求することができる(刑事訴訟法157条の2第1項)。すなわち、(1)証人が尋問に応じてした供述およびこれに基づいて得られた証拠(派生証拠)は、証人の刑事事件において証人に不利益な証拠とすることはできないこと、および、(2)証人は、証言拒絶権の規定にかかわらず、自己が刑事訴追を受けまたは有罪判決を受けるおそれのある証言を拒むことができないこと(同法157条の2第1項1号・2号)、である。なお、刑事免責の対象となる犯罪に限定はない。裁判所は、検察官の請求に基づいて免責決定をなすのが原則であるが、証人に対する尋問事項に自己負罪となる事項が含まれていないなどの免責決定をする理由がないことが明らかな場合には、免責決定をしないことができる(同法157条の2第2項、157条の3第2項)。刑事免責は刑事司法の公正さにかかわる問題であるためにその最終的な判断は裁判所が行うのである。
免責決定の効果として、(1)証人が、尋問に応じてした供述およびこれに基づいて得られた証拠は、証人の不利益な証拠とすることはできない(派生的使用免責)(同法157条の2第1項1号)。また、(2)免責決定がなされた証人尋問においては、証人はもはや証言拒絶権を行使することはできず(同法157条の2第1項2号)、(3)証人が証言を拒めば過料(同法160条1項)や証言拒絶罪による刑罰(同法161条)の対象となる。
[田口守一 2018年4月18日]