改訂新版 世界大百科事典 「亀井氏」の意味・わかりやすい解説
亀井氏 (かめいうじ)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
近世の大名家。はじめ紀伊国の豪族で、紀伊国亀井に居住したことから亀井を名乗り、戦国期に出雲(いずも)へ移ったという。尼子(あまご)氏の家臣であったが、子孫が絶え、出雲の豪族湯(ゆ)氏の新十郎茲矩(これのり)が跡を継いだ。亀井茲矩は山中鹿介幸盛(しかのすけゆきもり)、ついで羽柴(はしば)秀吉に属し、1581年(天正9)因幡国(いなばのくに)鹿野(しかの)城主(1万3800石)となる。関ヶ原の戦では東軍に属して3万8000石に加増された。1617年(元和3)茲矩の子政矩のときに石見国(いわみのくに)津和野(つわの)藩へ転封(てんぽう)され、4万3000石。そのまま明治に至った。
[小島道裕]
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...