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人工受精 じんこうじゅせい

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

人工受精
じんこうじゅせい

定義

人工受精とは、人為的に精子と卵子を結合・受精させ、妊娠・出産を可能ならしめる生殖医療技術のことをいう。人工受精には、人為的に精子を女性の生殖器内部に注入し、女性の体内において授精、受胎せしめる方法と、精子と卵子を体外に取り出し、その精子と卵子を人為的に結合・受精させ、受精した受精卵をふたたび女性の子宮内に戻して妊娠・出産を可能ならしめる方法がある。日本では前者の方法による受精を人工授精とよび、後者のそれを体外受精または人工受精とよんでいる。英語では、前者はinsemination、後者はin-vitro fertilization(IVF)とよばれている。しかし両者を統合した名称はいまだ確立されていない(ただしスウェーデンでは両者を統合した表現として補助受精assisterad befruktningという用語が用いられている)。したがって、本稿では両者を総合する名称として人工受精という用語を用い、inseminationには人工授精、IVFには体外受精という用語を用いることにする。
 人工受精はさらに使用される精子の種類によって、配偶者間人工受精、非配偶者間人工受精に区別されている。配偶者間人工受精とは夫の精子を用いて行われる人工受精、非配偶者間人工受精とは、夫以外の者の精子を用いて行われる人工受精のことをいう。そのうち、夫の精子を用いて行う人工授精を配偶者間人工授精Artificial insemination with husband's semen(AIH)とよび、夫以外の者の精子を用いて行う人工授精を非配偶者間人工授精Artificial insemination with donor's semen(AID)とよんでいる。なお、非配偶者間体外受精の場合にもAIH、AIDという表記がそのまま用いられている場合があるが、はたして適切な表現といえるか、検討する余地がある。[菱木昭八朗]

歴史

人工受精の歴史はかなり古く、すでにギリシア時代にさかのぼることができるといわれているが、記録にみる限り、人工授精によってはじめて人の子が生まれたのは1834年である。その後、人工授精は身体的条件によって子をもつことができない夫婦にとって、養子縁組の場合を除いて、子をもつことのできる唯一の手段として広く普及利用されてきたが、1978年、イギリスの産婦人科医エドワーズR.G.Edwards(1925― )とステプトーP.C.Steptoe(1913―1988)によって試験管ベビー第1号が誕生したことから、生殖医療技術が飛躍的に進歩し、人工生殖医療は人工授精から体外受精へと大きく方向転換を遂げるに至った。今日では、受胎の成功度が高いということもあって、世界の人工生殖医療はほとんどが体外受精によって行われ、2011年の時点で、世界における体外受精子の数は400万人を超え、さらにその数を増やす傾向にあるといわれている。
 スウェーデンの場合、ハパランダ事件を契機に、1983年に人工授精法が、そして1988年には体外受精法が制定されると同時に、人工受精子および体外受精の父性に関する規定が親子法のなかに追加規定されるに至った。ハパランダ事件とは、AID人工授精子の父性の確定に関する事件である。AID人工授精手術を受けることを合意したある夫婦が、離婚後、元夫の手術反対の意思表示があったのにもかかわらず、元妻が独断で手術を受け妊娠・出産。元夫は父子関係不存在確認の訴えを提起、第一審で敗訴したが最終審でその主張が認められた。第一審受訴裁判所がハパランダ地方裁判所であったことから一般的にハパランダ事件とよばれている。この法改正によって、夫または内縁の夫が、妻または内縁配偶者の人工受精手術について書面をもって同意を与え、かつ生まれてきた子が周囲の状況からみて人工受精によって生まれてきたと信じせしめられる場合、妻または内縁配偶者の人工受精に同意を与えた者は、爾後(じご)、人工受精によって生まれてきた子に対して、父子関係不存在確認の訴えを提起できないと定められるに至った。
 なお、1978年ヨーロッパ理事会からのヨーロッパ共同体(EC)加盟国に対する人工受精法制定勧告によって、オーストリア、フランス、カナダ、イギリス、ドイツなどにおいて人工受(授)精法が制定されている。[菱木昭八朗]

法律問題

配偶者間人工受精の場合はともかくとして、非配偶者間人工受精の場合、人工受精に用いられる精子が夫以外の者の精子であるところから、非配偶者間人工受精によって生まれてきた子の父性の問題があり、また子の人権問題と関連して、非配偶者間人工受精によって生まれてきた子に対して生物学上の父を知らせるべきか否かという問題がある。さらにまた体外受精が可能になってきたことから代理母契約の問題など、人工受精子をめぐってさまざまな法律問題が生じてきている。
 代理母(surrogate motherまたはsurrogate gestational mother)とは、他人のために他人の受精卵を自己の体内に注入し妊娠出産を引き受ける者のことをいう。そしてまたそのような方法で妊娠出産を引き受ける契約を代理母契約とよんでいる。
 代理母契約は主としてアメリカにおいて発展した制度であるが、代理母契約によって子供が生まれた場合、子の父性の問題もさることながら、生まれてきた子の母性についても複雑な問題が生じてくる。またさらに生まれてきた子が障害児の場合、子の引き取り、損害賠償請求の問題が生じてくる。すでにアメリカでは代理母契約によって生まれてきた子の引き取りをめぐって訴訟問題が生じている。スウェーデンの場合、人工授精法、体外受精法によって代理母契約が禁止されているので、とくに問題はないが、日本の場合、産婦人科学会の倫理綱領において代理母契約が禁止されているだけで、法律的になんらの制約も課されていないところから、将来、問題の生ずる余地がある。
 また日本では将来、人工受精子の父性問題が発生した場合も、裁判所においてどのような判断が下されるか不明である。ただし、学説的には、一般論としてではあるが、妻が夫の同意を得て人工受精を行い、かつその人工受精によって子が生まれてきた場合、その子については、爾後、夫は嫡出否認の訴えを提起することができないと解されている。しかし、同意といっても積極的な同意もあれば、消極的同意もある。さらに書面による同意もあれば、口頭による同意もある。そのような場合、誰が誰に対してどのような形で行われた同意をもって有効な同意と考えるのか、明文の規定がないため問題が生じてくる。さらにまた、人工受精を受けた夫婦が内縁関係にあり、その内縁の夫の精子を用いて人工受精が行われた場合、当該人工受精を配偶者間人工受精とみなすか、それとも非配偶者間人工受精とみなすかによって、父性の確定をめぐっていろいろな問題が生じてくる。早急に立法的措置の望まれるところである。
 しかし、人工受精を法的に認める場合、子の父性の問題、子の生物学上の父を知る権利の問題のほかに、さらに人工受精を受けることのできる夫婦の社会的・精神的・身体的条件、実施病院、人工受精実施担当医、使用精子の選択権者、人工受精の医療費の問題など、人工受精手術にかかわる医療上の問題、人工受精当事者の人権問題(とくにプライバシー保護の問題)など、考えておかなければならないいくつかの問題がある。また、さらにそれが体外受精の場合、生命倫理の問題と関連して、受精卵の利用、保存、処分といった受精卵の取り扱いに関して、法的規制を行う必要があるか否か、もしその必要があるとすればどのような形で法的規制を行うべきかといった問題も生じてくる。また、最近ヨーロッパでは同性愛者の婚姻が法的に認められる方向にあるところから、その場合における人工受精の問題が新しい法律問題として出現してきている。[菱木昭八朗]
『菱木昭八朗「AID人工授精子と父性――いわゆるハパランダ事件から」(『専修法学論集』39号所収・1984) ▽菱木昭八朗「スウェーデン人工授精法と改正親子法における人工授精子の父性」(『ジュリスト』835号所収・1985・有斐閣) ▽菱木昭八朗「スウェーデン体外受精規制法審議会答申から」(『スウェーデン社会研究月報』Vol.17,no.5所収・1985) ▽生殖医療技術をめぐる法的諸問題に関する研究プロジェクト編「生殖医療技術の適正利用及び濫用規制に関する勧告」(『ジュリスト』1045号所収・1994・有斐閣)』

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