人工媒精ともいう。人為的に雄性生殖器より精液を採取し,精液・精子検査を行い,良質の精液のみを雌性生殖器内に注入して,受胎,妊娠を図る一連の作業をいう。両性生殖を営む動物の精子は,液体の中でのみ運動可能で,受精のためには,卵子と精子が同じ液体の中に存在することが前提になる。そのため,陸生動物では,交尾(性交)によって雄が直接雌の体内に精子を送り込み,精子は雌の体液をさかのぼって卵子と接触して受精することになる(体内受精)。一方,多くの水生動物では,水中に卵子と精子を互いに放って,卵子に精子が触れて直ちに受精する(体外受精)。陸生動物の場合に,人為的に精液を雌の体内に送り込んでやる作業を,人工授精と称するが,サケの人工孵化(ふか)のように水生動物の場合に,人為的に卵子を採取し,それに精子を直接触れさせて受精を促す作業は,人工受精artificial fertilizationと称して,両者は区別される。人工授精技術の内容は,家畜・家禽(かきん)類と人類とでは基本的には同一であるが,その目的とするところは大きく異なっている。
哺乳類を対象として,人為的に雄から精液を採取し,雌に注入して,受胎,分娩させることに初めて成功したのは,イタリアの生物学者L.スパランツァーニである。1780年に彼は30頭の雌イヌに試みて18頭の子イヌを得た。その後19世紀末まで人工授精に関する見るべき成果はなかった。1907年になって,ロシアのI.I.イワノーフがウマについて基礎的および技術的研究を進め,人工授精が家畜改良の有効な手段であることを提唱し,40年ころまでにソ連では,ウマをはじめウシ,ヒツジの人工授精実施頭数が増加した。この研究が端緒になって各国で研究が開始され,とくにアメリカとデンマークではウシについて普及し,第2次大戦中も実施頭数が増加した。一方,日本における研究は,1912年に石川日出鶴丸(ひでつるまる)がイワノーフの所で学び,帰国後ウマで試みたのが最初である。30年以降ウマのほかウシ,ヒツジ,ヤギおよびブタについて研究は進められたが,普及するまでには至らなかった。しかし,37年になって,軍馬と農耕馬を増産するために,農林省馬事研究所を中心として技術的研究が開始されて,ウマの人工授精実施頭数も増加した。第2次大戦後は,世界各国で,減少した家畜の増産や改良を進める目的で積極的に取り入れた。日本でも家畜人工授精に関する章を設けた〈家畜改良増殖法〉が50年に施行され,法的な裏づけもできて飛躍的に普及した。さらに,52年にイギリスのポルジC.Polgeらによるウシの凍結精液の成功以来,先進諸国では目覚ましい発展を遂げた。
ウシを例にして説明する。(1)精液の採取 歴史的にはいろいろの採取法が考案されたが,現在最も普及しているのは人工腟法である。これには擬雌台に装着した人工腟に直接射精させる方法と,擬雌台に乗ったときに手に持った人工腟に陰茎を導入して射精させる方法とがある。(2)精液・精子検査 採取した精液は,直ちに肉眼的ならびに顕微鏡的に,精液量,精子活力,精子数および精子生存率などを検査して良否を判定する。(3)精液の希釈と保存 良質な精液は直ちに希釈する。希釈の目的は,精液を増量し,精子濃度を薄めて多数の雌に授精する(表),希釈(保存)液に代謝可能な基質を加え,緩衝剤を添加して水素イオン濃度の変化を避け,さらに抗菌剤を入れる,などである。希釈液の主成分は,卵黄,クエン酸ナトリウム,ブドウ糖で,凍結の場合は抗凍結剤としてグリセリンを加える。次に0.5mlまたは1.0mlのストローに分注・閉封し,4℃で6~12時間放置(グリセリン平衡)した後,液体窒素(-196℃)で凍結,保存する。(4)精液の注入 ウシの注入適期は発情中期から末期であるが,凍結精液の融解は注入直前に行い,ストローを注入器に装置して注入する。ストローの使用は,受胎率を向上させるためで,注入器をできるだけ細くして子宮頸管の奥深く挿入する。そのため,深部注入法と称するが,子宮頸管を固定しないと挿入できないので子宮頸管固定法ともいい,子宮頸管鉗子(かんし)法と直腸・腟法とがある。
(1)優秀な種雄を少数飼育するだけで多くの雌を受胎させ,かつ,優良な遺伝形質が広範囲に分配されて改良が促進される。したがって,必要以上の種雄を飼育しないので大幅な経費節減になる。(2)種雄の遺伝能力を早期に判定できる。乳牛を例にとると,自然交配では1頭の雄当り年間50~100頭しか子が得られなかったが,凍結精液では計算上年間1万頭も可能である。したがって,短期間で多くの子が得られるので,遺伝能力を早く判定できる。また優秀な種雄は死後も凍結精液を利用できる。(3)伝染性生殖器病のまんえんを防止する。器具の介在による授精なので,各種伝染性生殖器病の感染がなく経済的に有益である。日本における第2次大戦前のウシの人工授精は,もっぱらトリコモナス病対策であった。
日本におけるウシの人工授精普及率は,乳牛ではほぼ100%,肉牛でも95%で,合わせて約150万頭が繁殖される。他の家畜の授精頭数は,ブタが年間10万頭程度(普及率は5%程度),ヒツジ,ヤギでは飼育頭数の減少に伴って少ない。ウマは歴史的に早く着手されたが,やはり飼育頭数の減少で少なく,競走馬では,自然交配の子でないと登録されないので,まったく行われていない。なお,家禽については労力がかかるなどの理由で,産業的には実用化されていない。
執筆者:田中 亮一
ヒトの人工授精は人為的にヒトの精子を女性性管(腟,子宮頸管,子宮腔)内へ注入する操作を指し,望まれる新個体を得ることが目的である。使用精液により配偶者間人工授精(AIH。Hはhusband's semenの略)と,非配偶者間人工授精(AID。Dはdonor's semenの略)に区別される。人工授精に関してはすでに2世紀の古代パレスティナで論議されたといわれるが,1799年イギリスのジョン・ハンターが尿道下裂の男性の精液をその妻の腟内に注入して妊娠に成功したのが,ヒトにおける人工授精の始まりである。AIDに関しては,1884年パンコーストJ.Pancoastにより,無精子症の夫をもつ妻に対して行われたのが最初であり,日本でも1949年,慶応病院産婦人科家族計画相談所でAID第1号の女児が誕生している。現在では不妊治療の一法として人工授精は大きな位置を占めている。ヒトにおけるAIHの医学的適応は,(1)性交障害がある場合,(2)精液状態の悪い場合,(3)精子の女性性管内上昇が悪い場合,(4)機能性不妊(検査によっても不妊原因が判然としないもの)の場合であり,AIDのそれは,(1)絶対的男性不妊(無精子症,精子死滅症など),(2)悪質遺伝が挙げられ,しかも妻に不妊原因が認められず,子どもを熱望し,夫婦間に完全な了解と承諾が得られている場合に限られる。人工授精の実施は,排卵日を選び,注入器を用いて経腟的に女性性管内に精液を注入する方法が用いられている。AIHによる成功率(妊娠率)は10~30%,AIDによるものは40~60%である。人工授精児の身体的および知的発育は,一般の子どもに比べても,勝るとも劣っておらず,その安全性は確立されている。また必要なときに希望の精子が使えるように,凍結して精液を保存する方法(凍結精子)も実用化されている。精液を保存管理する〈精液銀行〉が畜産界では成立しているが,ヒトについてもアメリカではそれが応用されつつある。
→体外受精
執筆者:飯塚 理八+中野 真佐男
人間における人工授精の適用は,不妊治療,優生学的なものが考えられるが,夫に不妊原因がある夫婦の治療として実施する国が多い。人工授精にAIHとAIDの二つの方法があることは前述のとおりであるが,法律的に問題が多いのは後者である。
婚姻による子孫繁栄を祝福するキリスト教倫理の支配する社会にあっては,AIHについても批判的であった。一夫一婦制婚姻においては,AIDは姦通(かんつう)と同じく夫以外の子を妻が懐胎するため,離婚法や親子法にわたり法的問題を生じる。
20世紀初頭から実用化段階に入った人間の人工授精について,判例はAID出生子を非嫡出子としたり半養子と扱ったり,ケースはまちまちである。AIDを姦通と扱うか,肉体的接触がない点で姦通と異なるとするかについても見解は対立していた。北ヨーロッパ諸国,ドイツ,フランス,イギリスでは法案も審議されたが,人工授精実施歴の長いアメリカでは,立法化の段階は1960年代から始まった。この背景には,子どものない夫婦の養子制度利用が,養子不足で困難となり,人工授精からさらには体外受精の実施希望につながっていった事情がある。70年代には精液銀行の発達により,世界各国で人工授精の実施数は増加した。また女性の地位向上に伴い,〈未婚の母〉に対する社会の対応が寛容になってきたため,伝統的な嫡出子と非嫡出子の差別も法制面で薄らいだ事情があり,この点でも人工授精に対する抵抗感は少なくなっている。
アメリカの統一親子法は,親子を自然の親子と養親子の2種類とし,自然の親子は親の婚姻状態に関係なく平等であるとしている。同法5条は人工授精について規定し,人工授精を実施した妻の夫は,子の〈自然の父〉と扱われるものとし,アメリカの州法に承継されるにいたっている。ヨーロッパ共同体のヨーロッパ理事会の立法委員会も78年人工授精法案を勧告し,フランス,オランダ,ポルトガル,スイスの諸国はアメリカと同じような規定に法改正をした。カナダ,イギリス,スウェーデン,オーストリア,ドイツ,フランスの諸国は,80~90年代に入り立法化が実現した。日本では人工授精子は現行法の予定していない問題であり,立法化は今後の課題となろう。
人工授精の新しい傾向は,医師の医療過誤責任を避けるためdo-it-yourself(DIY)方式が見られることである。夫に不妊の原因がある場合の治療方法としてもっぱら行われてきた人工授精は,DIY方式の普及によって妻の不妊の際にも拡大して実施されるようになった。つまり,他の女性に夫の精液を人工授精して,夫と妻の子とする〈借り腹〉ないしは〈代理の母surrogate mother〉である。
さらに,体外受精が実用化段階に入ってからは,配偶者間体外受精のほかに,卵子提供者や精子提供者を組み合わせた非配偶者間体外受精も可能であるから,親子法ならびに医療行為としての合法性や医の倫理の問題が再び論じられるに至っている。
精子や卵子や胚の冷凍保存技術が進歩するにつれて,これが人体から分離した際の帰属や利用についても法的議論がある。また父や母の死後に,子だけが出生する可能性があり,相続権や胎児の地位についても問題を生じる。不妊夫婦にとっては,妻の分娩(ぶんべん)した子は,妻の夫を〈父と推定する〉嫡出推定によって,嫡出子出生届をなしうるが,夫の嫡出否認権は,人工授精実施の際の夫の承諾によって放棄されたとはいい切れない。人工授精の実施は,医師と夫婦間の秘密とされ,精子提供者も秘密にされているため,子は夫から嫡出否認で嫡出子の地位を奪われても,真実の父を求めて認知の訴えを起こすこともできない不安定な地位にある。また秘密性のゆえに近親婚の危険も生じる。
自然の性関係に技術の介在することへの反倫理性は,近時において妊娠とプライバシーの面から論じられている。受胎調節や妊娠中絶を禁ずる法制は,自身の妊娠をコントロールする権利すなわちプライバシーの権利を奪うものであると,アメリカ連邦最高裁判所で論じられ,これは子を産む産まないについての法の介入の限度を示している。
非嫡出子は,血縁を手がかりに父を求めうる強制認知によって法的地位が向上し,養子は,裁判所の養子命令の際に子の福祉が配慮されるが,人工授精においては,医師の施術の際の患者のスクリーニング(面接などによるふるい分け)のみが,子の福祉の保障になるにすぎない。
1984年スウェーデン法は,人工授精児について,〈自己のアイデンティティ(出自)を知る権利〉を与えた。これは養子にアイデンティティを知る権利を与えた立法例に準じるものである。ただし,養子であることを知ることと,人工授精児であることを知ることとが,同列に論じられるかどうかは疑問であり,ヨーロッパ理事会は身元を明かさない勧告案を採用している。婚姻における性と生殖の分離という,重要な課題が人工授精には含まれているのである。
執筆者:人見 康子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
人為的な手段で雄の精液を採取し、これを雌の内部生殖器内に注入して受胎を成立させる技術をいう。授精inseminationとは雌の生殖器内に精子を授けることで、かならずしも精子と卵子の融合である受精fertilizationを招来するとは限らない。したがって体外受精の場合は人工受精の語を用いるが、体内で受胎させる場合は人工授精で、両者を混同してはならない。
[正田陽一]
人工授精の可能性を初めて実験的に証明したのは、イタリアの生物学者スパランツァーニで、1780年にイヌを用いて試験を行った。そしてこの技術は1907年、ロシアのイワーノフE. I. Ivanov(1870―1932)がウマに応用して成功したことから、家畜の改良、増殖のうえできわめて有効な手段として、広く普及し実用化されることになった。ことに1952年、ウシの精液の凍結保存法が開発されて以来、ウシとくに乳牛においては凍結精液を用いた人工授精が急速に広まった。現在日本の乳牛の99%が人工授精により繁殖しており、そのうちの98%は凍結精液を用いている。
[正田陽一]
家畜の繁殖にこの技術を応用した場合の効果には次のようなものがあげられるが、そのなかでも育種上の効果がもっとも大きい。すなわち、1頭の雄畜の子の数を自然交配の場合の数百倍にもすることが可能であるので、優良な種畜の有効な利用ができ、雄についての厳しい選抜が可能になる。また後代検定も早期に実施できるので改良の速度も増進する。管理の面からは、交配のための家畜の輸送が不必要となり、種畜の広範囲な利用ができるため、個々の農家または牧場で雄畜を飼養する経費、労力が節減される。衛生面では生殖器伝染病の予防にも役だつうえ、故障で自然交配ができない個体も繁殖に供用できるなどの利点がある。
このほか最近では、絶滅に瀕(ひん)した希少動物を飼育下で繁殖させる必要性が高まってきて、その場合に野生動物のペアリングの困難性を回避するためにも、この技術がしばしば利用される。
[正田陽一]
(1)精液採取 もっとも普及しているのは人工腟(ちつ)法である。擬雌台もしくは発情雌畜に雄を乗駕(じょうが)させて人工腟により採精する。このほか体の一部に電気刺激を与えて射精させる方法や、マッサージ法があり、家禽(かきん)類では腹部マッサージ法が広く用いられている。
(2)精液の性状検査 採取した精液はまず精液量、濃度、色、臭気、水素イオン濃度(pH)などを肉眼的に検査し、ついで精子活力、精子数、奇形精子率を顕微鏡下で調べる。
(3)精液の希釈・保存 精液は保存のため、また多数の個体に分注する必要から希釈液で希釈される。液としては卵黄緩衝液や牛乳緩衝液が用いられている。保存は液状あるいは凍結状態でされるが、凍結保存の場合は凍結の悪影響から精子を守るため希釈液にあらかじめグリセリンを添加しておき、ドライアイス(零下80℃前後)か液体窒素(零下196℃)を用いる。凍結した精液は受精能力を低下させることなく数年間も保存できる。
(4)精液の注入 凍結精液は解凍してから、液状保存の場合はそのまま注入器を用いて雌畜の生殖器内に注入する。注入部位は各動物種により一定しないが、ウシでは子宮内か頸管(けいかん)深部で、注入精子数は通常2500万~5000万である。注入の時期は、排卵の時間、精子の受精能力保有時間を考え適期を選ばねばならない。ウシでは発情の中期から末期へかけてとされているが、受胎率を高めるためには1発情期に2回授精することが望ましい。
[正田陽一]
人工授精とは、精子を受精の場である卵管膨大部の近くに送り届けることであり、男性不妊の治療法として汎用(はんよう)されている。精子の数が少ない、あるいは精子の運動が不良な精子無力症では、受精に必要な数の精子が卵管膨大部まで到達できない。このような症例では、用手的に採取し調整した精子を、排卵日に子宮頸管あるいは子宮腔(くう)内、さらには卵管内に注入し、卵管内で受精が成立することを期待する。人工授精では体内で受精がおこる。
[吉村泰典 2015年4月17日]
夫の精子を用いるものを配偶者間人工授精(artifical insemination with husband's semen:AIH)、夫以外の提供者の精子を用いるものを非配偶者間人工授精(artifical insemination with donor's semen:AID)という。
[吉村泰典 2015年4月17日]
一般に、人工授精の適応は、(1)精子・精液の量的・質的異常、(2)機能性不妊、(3)射精障害・性交障害などがあげられる。人工授精で妊娠可能な総運動精子数は、10×106個以上とされる。一般に原精液の総運動精子数が10×106個以下の場合には、不妊期間が2年以上であるならば体外受精の適応となる。
原因不明不妊などで、排卵期にあわせるタイミング指導を一定期間行っても妊娠に至らない場合に、人工授精が選択される。3年間以上の不妊期間をもつ原因不明不妊症の患者では、タイミングのみでは周期ごとの妊娠率が3%にすぎないとされているので、人工授精、体外受精へと移行する。排卵誘発と組み合わせた場合、人工授精の成功率は上昇する。原因不明不妊症といわれているもののなかには、卵管采(さい)における卵子のピックアップ障害や受精障害などが含まれることがあり、これらの症例では人工授精により妊娠を期待できないので体外受精を早めに考慮する。AIHの周期あたりの妊娠率は7~8%である。
[吉村泰典 2015年4月17日]
一般に卵子の受精能力は排卵後約12~24時間までで、精子の寿命は2日前後とされており、排卵に近いところでタイミングよく人工授精を実施することが重要となる。
人工授精と組み合わせて、排卵誘発剤であるクロミフェンやゴナドトロピン製剤などがよく用いられている。原因不明不妊症の場合、過排卵卵巣刺激はクロミフェンでもゴナドトロピン製剤でも明らかに有効であると考えられているが、多胎妊娠や卵巣過剰刺激症候群(卵巣が腫大(しゅだい)したり、腹水が貯留したりする症状)などの副作用が起こる可能性がある。3個以上の卵胞が排卵する可能性のある場合は、人工授精のキャンセルを考慮する。
禁欲期間は2~3日間のほうが妊娠率が高い。また採取から30分以内に処理をして、90分以内に人工授精をしたほうが妊娠率が高いといわれている。精子の処理法については、パーコールpercoll密度勾配(こうばい)法、スイムアップswim-up法により精液、または洗浄した精子を用いる。パーコール密度勾配法は、密度勾配担体であるパーコール(コロイド状シリカをポリビニールピロリドンでコーティングした粒子)を用い密度の高い成熟した精子を分離する方法である。スイムアップ法は、精液、または洗浄精子に培養液を重層し、30~60分間培養液の中で静置する。運動性良好な精子が培養液中に泳ぎ上がってくるため、これを回収、洗浄し、媒精に供する。
人工授精のチューブは、金属性授精針に変わり、柔らかい授精用カテーテルが推奨されるようになった。また精子浮遊液はゆっくり15秒以上かけて注入する。実施後、10分以上安静にしたほうが、すぐに動くより妊娠率が高い。人工授精後、感染症予防のため抗菌薬を投与することが多い。
人工授精の利点は、低浸襲性、低コストであることであり、体外受精の前段階の治療として、一定の評価は得られている。しかし、その適応、方法、成績は施設間で異なる。母体の年齢なども考慮し、ただ漠然と人工授精を繰り返すことなく、体外受精や顕微授精など適切な治療法を提示することが大切である。
[吉村泰典 2015年4月17日]
適応はこれ以外の方法では拳児(きょじ)(子どもを得ること)の可能性のない病態、原則として無精子症である。それ以外に臨床的に細胞質内精子注入法(intracytoplasmic sperm injection:ICSI)を複数回実施して主治医が妊娠の可能性はないと判断した場合、あるいは夫の精液を使用して妊娠を図った場合に母体や児に重大な危険が及ぶと判断される場合(夫が重篤な感染症にかかっている場合など)も適応となる。日本産科婦人科学会のAIDに関する見解があり、これに準拠して実施する。
治療に先だって、夫婦が法的に婚姻しているかどうか、夫の同意があるかを確認することが、生まれてくる子どもの法的な地位を確定するために必要である。また同意確認については、治療のたびごとに行う。エイズなどの感染症のリスクを低減させるために、精液を洗浄した後の精子浮遊液を6か月間凍結した後、提供者に感染症がないことを再度確認する。その後融解した精子浮遊液を排卵日にあわせて妻の子宮内に注入する。
[吉村泰典 2015年4月17日]
人工受精(人工授精・体外受精)の法律問題については「人工受精」の項目を参照。
[編集部]
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…繁殖季節には雌は周期的に発情が訪れ,この期間だけ雄を許容するから,発情兆候をみて適期に交配する。最近は人工授精の技術が普及したので交配のため家畜を輸送する手間が省け,また少数の優れた雄畜を有効に利用することが可能となった。精液は超低温で凍結すれば数年間の保存も可能である。…
…人工採卵には搾出法(外部から手で圧して卵を出す)と切開法とがあり,前者は繰り返し何年か産卵するニジマス,イワナや,小型魚のアユ,ワカサギで行われ,後者は卵を産むと死んでしまうサケ,ヤマメなどに用いられる。人工採卵のあとには人工授精が必要であり,これには湿導法と乾導法とがある。前者は水中の卵に精液を加える方法であり,後者は乾いた容器の中で卵と精子を混合し,その後で水を加える方法である。…
…ところが,これまで,母子関係では,母親が分娩するという事実に基づき血縁が当然に発生すると考えられてきた。しかしながら,人工授精あるいは体外受精児の誕生,体外受精卵の代理母の子宮への移植という急激な医学の発達により,受精,子宮への着床,懐妊が人工的に意のままに行われ,しかも,これらの過程に夫婦以外の第三者が介在するという状態になると,血縁のもつ意味があいまいになってくる。すでにAID(提供者による人工授精)がこの問題を顕在化させてきたが,今後さらに,たとえば,体外受精で,受精卵が妻以外の女性の子宮に移植され,この代理母が妊娠,出産することになれば,その子と代理母間には紛れもなく血縁は存在する。…
…このように精子を,卵子に対して水性環境中を運動して接近しうるような状態に置くことを媒精または授精inseminationという。人工的に授精を施すのが人工授精artificial inseminationである。人工授精は動物の繁殖技術として,水産や畜産で広く用いられている。…
※「人工授精」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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