妊娠を希望して一定期間の性生活を行っているにもかかわらず、妊娠が成立しない状態を不妊症といいます。
これに対して
原因は女性側と男性側それぞれに考えられ、またひとつだけでなく他の因子の合併する場合や原因不明のこともあります。
女性側の原因としては、排卵の障害、卵管
そのほかに、機能性不妊や原因不明不妊に分類されます。
①排卵因子
器質的な障害よりも体重の急激な減少やストレスなどによる機能的な障害の頻度が高い傾向にありますが、内分泌疾患などの全身性の疾患も排卵障害をもたらすことがあります。
②卵管因子
最も頻度が高い女性側の原因です。
③子宮因子
子宮筋腫(きんしゅ)、子宮内膜ポリープ、子宮内膜
④頸管因子
排卵前には頸管粘液が分泌されますが、粘液分泌不全や頸管粘液中に精子に対する抗体があると、不妊症の原因になります。
⑤男性因子
●排卵因子
①基礎体温の測定、血中・尿中ホルモン値の測定
一般には基礎体温が二相性(低温相と高温相がある)であれば排卵していると考えてよく、排卵は最終低温日から上昇期の3日間に起こります。また排卵直前には、脳(
基礎体温で36.7℃前後の高温相が10日未満の場合は黄体(おうたい)機能不全の場合もあるので、高温相の期間に黄体ホルモン値を測定します。低温相と高温相に分かれない一相性の場合は、排卵のないことがあるので、原因を検索するために月経開始後5日めまでの間に血液中のホルモン(LH、FSH、プロラクチン、テストステロン値など)を測定します。
②経腟超音波検査
排卵日を推測するために排卵前後の
●卵管因子
①子宮卵管造影(HSG:hysterosalpingography)
月経開始後10日以内に行います。子宮頸管から内腔に造影剤を注入し、X線透視下で卵管の
②腹腔鏡検査
子宮卵管造影検査で卵管閉塞や卵管周囲癒着を疑う時は、腹腔鏡検査で確認します。腹腔鏡検査は、入院して全身麻酔下で行います。異常があった場合は、検査に引き続き腹腔鏡下に手術療法を行います。
●子宮因子
①超音波検査
経腟超音波検査や、子宮内に生理食塩水を注入しながら超音波検査を行うsonohysterographyを行います。
②子宮鏡
中隔子宮や粘膜下子宮筋腫、また子宮内腔癒着などが疑われる時は、子宮鏡検査で確認します。子宮鏡検査は外来で行い、ほとんどの場合麻酔はいりません。
●頸管因子
①頸管粘液検査
排卵前には女性ホルモン(エストラジオール)が増え、子宮の入り口である子宮頸管から頸管粘液が分泌されます。この粘液に、十分な量と粘り気、結晶形成があるか等を調べます。
②フーナーテスト(性交後テスト)
排卵日に性交後、数時間以内に頸管粘液中の運動精子数を算定します。数回にわたる検査で運動精子が少ない場合は人工授精を行いますが、抗精子抗体の存在を調べるために精密検査をする必要があります。
●男性因子
①精液検査
3~5日間の禁欲期間後の射精精子を検査します。精液量は2.0ml以上、精子濃度は20×10の6乗/ml以上、射精後60分以内の運動精子が50%以上が正常とされます。
不妊症の現れる頻度は10組のカップルに1組の割合といわれています。この一定期間は、日本では2年以上とされていますが、1年経過したら不妊症の検査や治療を開始することもあります。
①タイミング療法
基礎体温法や超音波検査、血中・尿中ホルモンを検査しながら、排卵日を推定し、性交渉のタイミングを図ります。
②人工授精
人工授精とは精液を直接子宮内に注入する方法で、ほかに明らかな不妊原因がない場合や、精子の状態が不良な男性不妊や頸管粘液分泌不全がある場合、またはフーナーテスト不良例、そして性交障害の治療として行われます。夫の精液を注入する配偶者間人工授精(AIH)と、夫以外の精液を用いる非配偶者間人工授精(AID)があります。
AIHを行う際には排卵日を推定して行いますが、自然排卵がない場合は排卵誘発剤を使います。射精後2時間以内の精液を用いて行いますが、精液を洗浄して運動精子だけを注入します。
③内視鏡下手術
クラミジア感染などの性感染症や子宮内膜症による癒着には、腹腔鏡下
子宮内腔の変形・延長を伴う場合や月経困難症などの症状が強い子宮筋腫は、開腹または腹腔鏡を使って筋腫摘出術を行います。粘膜下筋腫に対しては子宮鏡下切除術があります。
④補助生殖技術(ART)
卵管性不妊、男性不妊、免疫性不妊などが対象になりますが、一定期間の不妊治療を行っても妊娠に至らない場合や長期の不妊もARTの対象になります。自然周期では採卵できる卵に限りがあるので、一般的には排卵誘発剤を用います。
採取した卵を培養液中で受精させた後、受精卵(
顕微授精は、顕微鏡を使って人工的に受精させることで、受精障害や重度の精子減少症の場合に選択されます。卵細胞質内精子注入法(ICSI)と呼ばれるもので、良好な受精率を得ることができます。
また、胚の凍結保存が可能になっています。
西井 修
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
妊娠可能な年齢の健康な男女が正常な性交を繰り返し、しかも避妊をしないのに一定期間(一般には2年間)妊娠が成立しない状態をいう。ほぼ10%の夫婦は不妊の状態にあるといわれる。不妊は男女いずれに原因があってもおこるが、不妊の原因が男性側にある場合を男性不妊症、女性側に要因がある場合を女性不妊症という。その比率は3対7ないし4対6の割合という報告がもっとも多い。なお、結婚後一度も妊娠したことのない原発性不妊症と、かつて妊娠したが、その後受胎しない続発性不妊症を区別することがある。続発性の場合は、人工妊娠中絶の副作用とみられるものが多い。
[白井將文]
原因として(1)精巣(睾丸(こうがん))における造精機能の障害、(2)精子輸送路の通過障害、(3)精巣上体(副睾丸)の障害および精漿(せいしょう)(精液の液性成分)の病的所見、(4)性交あるいは射精の障害などがあげられているが、その大部分が精巣での造精機能障害によるものである。この原因として精索静脈瘤(りゅう)が最近注目されている。また、染色体の異常や停留精巣といった先天的な異常や精巣炎のような後天的な原因もあるが、その半数以上は原因がまったく不明である。
不妊の検査でもっとも重要なのは精液の検査である。まず、精液の採取は、一定の禁欲期間(WHO検査基準によれば、2日から1週間)後に用手法で滅菌した広口容器にとる。コンドームで採取すると、コンドームに付着したタルクやシリコーン油によって精子運動率の低下をきたすので、運動率に関しては信頼性が乏しくなる。採取直後の精液は均一でないので、少なくとも20分以上室温に放置し、均一化してから検査する。一方、長時間放置すると運動率が低下するので、最大限120分以内に検査を完了するようにする。検査は、精液の色や量、精子の数・運動率・奇形率、精子凝集などについて調べる。妊娠成立には女性側の性機能が大きく関与してくるので、精液の正常範囲を決めるのは困難であるが、いちおう、WHOの基準では精液量は2ミリリットル以上、精子数は1ミリリットルにつき2000万以上、運動率は50%以上、奇形率は50%以下であれば正常と考えてよい。精巣組織検査も重要で、とくに無精子症に対しては不可欠である。精巣で精子がつくられており、精液中に精子が存在しなければ精子輸送路の通過障害が疑われるので、精子輸送路のX線検査が必要となる。
現在行われている造精機能障害に対する治療法は、次の二つに大別される。一つは精液の状態を改善させる方法で、精子の運動率や精子数を増加させるような薬物療法や精索静脈瘤に対する外科療法などを行う。他の一つは射出された精液をなんらかの方法で改善させる治療法で、活動精子だけを分離する方法とか、添加物により精子の活動を賦活(ふかつ)させる方法などが行われる。一方、精子輸送路通過障害に対しては顕微鏡下精管・精管吻合(ふんごう)術や精管・精巣上体吻合術が行われている。これら手術が不可能な症例には精巣上体や精巣から直接精子を採取して顕微授精に供する。
[白井將文]
原因として(1)性器の異常、(2)排卵や月経の異常、(3)卵管障害による受精不能、(4)受精卵の着床障害、(5)性器の腫瘍(しゅよう)や炎症、あるいは全身疾患などがあげられる。このうち卵管障害の頻度がもっとも高く、以下、排卵障害、子宮や頸管(けいかん)の異常の順となる。
不妊要因がどこにあるかを調べる検査としては、(1)基礎体温の測定、(2)腟(ちつ)内容検査、(3)頸管粘液検査、(4)子宮内膜検査、(5)卵管疎通性検査(子宮卵管造影法、描写式通気法、通水法)、(6)骨盤腔(くう)鏡や腹腔鏡による直視観察などがある。なお、男性不妊症と女性不妊症の総合的検査法としては、(1)精子との適合性を調べるヒューナー試験、(2)ミラー‐クルツロック試験、(3)男女の血液型、(4)精子あるいは精液免疫検査などがあげられる。
以上の諸検査の結果、原因療法を行う。的確な治療方針の下に一定期間持続して行い、不必要・無意味な治療を避けるようにするが、治療の限界については十分に認識しておく必要がある。近年は人工授精が注目されている。
なお、このほか機能性不妊症もあり、これは不妊症の治療をあきらめて養子をもらったり、再婚をしたらその後に妊娠するといった心理的要素が多く関与したとみられるもので、心身医学的治療の対象とされている。
[新井正夫]
女性が原因の不妊は30%。まず、体調をととのえよう〉
実際には30%が女性、30%が男性に原因があり、残りは原因不明というのが現実です。
結婚後の避妊期間を除いて,2年以上経過しても生児を得られない状態をいう。全夫婦の約10%にみられるといわれ,1度も妊娠していないものを〈原発性不妊〉,すでに子どもはいるが,その後妊娠しないものを〈続発性不妊〉といい,妊娠はするが生児を得られない場合を〈不育症infertility〉と呼んで区別している。不妊の原因は種々たくさんあり,男性,女性のいずれにあるかで〈男性不妊〉と〈女性不妊〉に大別され,その比率は2対3といわれている。精液検査,基礎体温,ホルモン検査,子宮内膜検査,月経血培養,子宮卵管造影,卵管通気,性交後検査等により原因を確認した後,排卵誘発薬をはじめとする薬物療法,卵管通気,卵管通水,手術的療法(卵管開口術,卵管吻合(ふんごう)術,子宮の手術,精管疎通術等),人工授精,体外受精(試験管ベビー)等の治療が行われる。
→妊娠
執筆者:飯塚 理八+中野 真佐男
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…ふつうは植物についていうことが多い。何らかの原因によって稔性が阻害され,次代の植物が育たない現象を総称して不稔性sterilityという。不稔となるのにはいろいろの様式があるが,形態的不稔性(生殖器官に発達異常がみられるもの),発生的不稔性(胚囊や花粉管など配偶体世代に相当する部分に異常のみられるもの,胚や胚乳の形成が異常なものなど),不和合性(花粉も胚囊も完全に機能しているのに特定系統間で交雑を行ったときには受精不能であるもの)などが区別されることもあり,広義には,環境条件によって花をつけなかったり早く落花したり,または種子が発芽できなかったりする場合も含めて不稔ということがある。…
…発生した筋腫の数の少ない場合はもちろん,10個,20個とたくさんの筋腫ができている場合でも,一つ一つ丹念に核出することにより筋腫を取り去ることができる。したがって,子宮筋腫が不妊症の原因になっていると考えられる若い女性の場合には,この手術を行うことが原則であり,これにより子どもに恵まれる機会が増える(不妊率は普通の夫婦の場合10%,筋腫があると約30%と増加する)。第2の方法は子宮の腟上部切断術で,これは,子宮筋腫の大部分(90~95%)を占める子宮体部筋腫の場合に,子宮体部を切除するものである。…
…排卵期の頸管粘液の量が少なすぎたり性状が不良だと,不妊の原因になることがある。また,頸管粘液中に精子不動化抗体が分泌されるための精子免疫による不妊症も少数例ながらみられる。頸管粘液の精子受容性はヒューナー試験Hühner test,ミラー=クルツロック試験Miller‐Kurzrok testでしらべることができる。…
※「不妊症」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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