人康親王山荘跡(読み)さねやすしんのうさんそうあと

日本歴史地名大系 「人康親王山荘跡」の解説

人康親王山荘跡
さねやすしんのうさんそうあと

[現在地名]山科区四ノ宮柳山町・四ノ宮泉水町辺

諸羽もろは(柳山)南麓に位置。人康親王は仁明天皇の第四皇子で、上総太守・弾正尹・常陸太守の後、貞観元年(八五九)出家、同一四年五月五日没(三代実録)。出家後はこの地に住み山科宮とよばれた(一代要記)。四ノ宮の地名はこの宮にちなむともいう。

「伊勢物語」七八段に

<資料は省略されています>

とあって、藤原常行の立寄った山科宮山荘が滝や泉水を備えていたことを記している。「山城名勝志」に「人康親王山庄 人康親王号山科宮也、法名法性、土人云、旧跡在諸葉山下・十禅寺西北、泉石跡少許残云々」、「拾遺都名所図会」に「人康親王旧蹟 十禅寺の傍、石橋の西北藪の中に泉水といふ字の地あり、此所かの御所、仮山・泉水の地也」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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