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今泉千春 いまいずみちはる

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

今泉千春
いまいずみちはる

[生]安永4(1775).12.17. 佐賀
[没]天保7(1836).9.19. 佐賀
江戸時代中期の筑紫箏演奏家。佐賀藩士今泉六太夫上綱の子,尚文。幼名林三郎,六郎次。別名庸清,益興,維鷹。伊東全龍について漢学を学び,私塾を開き,立誠堂と号した。文化7 (1810) 年御側役,同 12年祐筆。筑紫箏の伝は,同3年伊東祐之より受け,文政9 (26) 年退官後これに専心,琴仙と号す。天保5 (34) 年『松響閣箏話』を著わす。その子千秋も筑紫箏を伝承し,野田聴松に伝授,聴松から現代へと伝えられた。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

今泉千春 いまいずみ-ちはる

1776*-1836 江戸時代後期の歌人。
安永4年12月17日生まれ。肥前佐賀藩士。香川景樹(かげき)の門下で,桂園派の歌風を弟子につたえた。筑紫流箏曲(そうきょく)家の伊東祐之(すけゆき)にまなび,筑紫琴の名手ともつたえられる。天保(てんぽう)7年9月19日死去。62歳。名は尚文,益興。号は琴仙,松響閣(しょうきょうかく)。著作に「松響閣箏話」。

出典|講談社
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世界大百科事典内の今泉千春の言及

【筑紫箏】より

…一方,1739年(元文4)江戸に下った佐賀藩士村島政方(まさみち)(1702?‐43?)は,〈鎮西楽〉あるいは〈筑紫流〉などとも称して江戸に広め,その門下から,紅葉山楽人といわれる猪崎律斎(いのざきりつさい)などが出,その系統から筑紫箏の詞章本《筑紫流箏唱歌》(1821)を公刊した都筑景一が出た。政方の佐賀における門下の系統は,他系の吸収にもつとめ筑紫箏の復興を図り,今泉千春(1775‐1836)は,それまでの伝承を整理して,《松響閣箏話》などを著した。その子千秋から野田聴松を経て,現代の伝承者へと伝えられたが,村井れい(1887‐1958)の没後は,井上ミナ(1895‐1995)一人が伝承するのみとなってしまった。…

※「今泉千春」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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