日本歴史地名大系 「伊尾村」の解説
伊尾村
いおむら
建永元年(一二〇六)九月日付備後国大田庄桑原方伊尾公文清原高正起請文(同文書)には、当郷の公文清原氏が所当米を未進し、公文職を取上げられたことがみえ、欠年の七月一一日の三善康連書状(同文書)は、下津屋には古くから地頭の氏寺があり、同所の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
建永元年(一二〇六)九月日付備後国大田庄桑原方伊尾公文清原高正起請文(同文書)には、当郷の公文清原氏が所当米を未進し、公文職を取上げられたことがみえ、欠年の七月一一日の三善康連書状(同文書)は、下津屋には古くから地頭の氏寺があり、同所の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...